<2015年春学期 紹介文>

 記事の批判的読解を通した日独比較

 スマホがあれば、パソコンがあれば、インターネットを介しいつでもどこでも、すぐに情報にアクセスできる今日。簡単に手に入る情報はどれだけ信頼に足るものなのでしょう。今期のゼミでは、情報の取捨選択やテキストの分析の仕方がひとつの大きなテーマとなりました。

 2015年3月9日ドイツのメルケル首相が来日したことを受け、ゼミの前半はこれに関する日本とドイツの新聞―日本の朝日新聞と読売新聞、ドイツのFrankfurter Allgemeine Zeitung とSüddeutsche Zeitung―の報道の比較を行いました。紙面のどれくらいの面積を割いているか、どの紙面に載るか、頻度はどれくらいか、どのような内容、主張かなどに注目し、メルケル首相来日という出来事に各紙はどの程度関心を持ち、報道を通じて何を主張したいのかを検証しました。Frankfurter Allgemeine Zeitung 紙の東アジア支局長Carsten Germisは、ドイツを含めた西洋のジャーナリストの役割として、エリートに対し批判的であることを挙げています。今回の検証を通し私は、社会全体が調和を目指している日本において、西洋のように明確に鋭く批判することで調和を乱すことは期待されない、と彼が述べていたのを思い出しました(テレビでドイツ語Lektion4、2015年4月20日放送)。というのも、新聞を始めとするメディアの在り方や役割が日独で違うこと、右派、左派という観点ではその振れ幅が日本とドイツで共通しないことを学んだからです。また新聞は、その立場、意向に有利となる情報を集めて発信できるメディアの一つであり、新聞の意向は報道内容に色濃く表れることも実感できました。

 その後は、隣国関係における日独比較も行いました。第二次世界大戦後、長い時間をかけて隣国との関係を修復してきたドイツの歩みの中で、特にフランス、ポーランドとの関係修復を推し進めるきっかけとなった出来事に注目しました。フランスとの間で重要な出来事としては1962年シャルル・ド・ゴール仏大統領がドイツで、ドイツ語で行った演説。10分を超える時間、原稿を見ることもなく、しかも母語でないドイツ語で行ったこと、そしてドイツの若者たちに向けて「若者たちよ。偉大な国の子たちよ。両国民の連帯に息を吹き込むのは君たちの役割だ」と語りかけたことは敗戦国ドイツの人々の胸に深く刻まれたに違いありません。ポーランドとの間では、教会が大きな役割を果たしました。1965年にドイツの福音教会が出した『東方覚書』の中で、ドイツがポーランドに対してしたことを認め和解を目指そうと述べ、他方では、ポーランドのカトリック司教団が、ドイツに認めてほしい罪を列記した上で、その罪を赦すと述べました。国民にとって信条の基盤である教会という存在がこれらのメッセージを発し、和解に向けて一歩を踏み出したことは、国民に非常に大きなインパクトを与え、「和解」「対話」というキーワードを彼らの意識に上らせた例でした。こうしたドイツの歩みを見ると、メルケル首相が来日した際、ドイツの隣国との関係修復について「隣国の寛容さがあったから成しえたことだ」と述べたことにも納得できます。しかしそれは、ドイツも自ら歩み寄る姿勢を持ち、対話を通して和解を目指したからこそ達成できたことだとも感じます。戦後70年を迎えてもなお、歴史認識をめぐり隣国との関係に問題を抱える日本にとっても、自ら歩み寄り、時間をかけて対話するということは和解へのヒントになるはずです。

 そして、ゼミの後半はゼミ生各自が興味のあるテーマに関する記事を探し、その批判的分析を通して日独比較を行いました。移民問題、外国語教育、空き家問題、女性の社会進出…などテーマは様々でしたが、信用できる資料を用いること、日独(時にはスイス)比較ができる記事を探すことなどに苦戦しつつも、自分の選んだテーマに対する自分の見解を導き出しました。この記事分析を通しても、記事の内容を鵜呑みにせず、時には異なる新聞やその他のメディアを参照しながら自分の意見を醸成することが課題となりました。また、自国のニュースが他国でも報じられるかどうか、またどのように報じられるかを知ることで、新たな視点に出会ったり、双方の報道の根底にある世論や文化を考える機会を得たりできることも実感したので、これから情報を取捨選択する際に念頭に置ければと思います。
(文責:N.H.)