研究ノート

　　　マルチメディア・フィーバーから考えること
　　　　社会的コミュニケーションが目指すものは何か

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　鈴　木　雄　雅　
　　　　　　　　　　　　　　『ソフィア』（上智大学）　Vol44 no.2 (1995　夏季　No.174)掲載
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2001/4/20 up

はじめに
 洞窟画からブラウン管、いやディスプレー
 コミュニケーション・ツールとしてのパソコン
 おわりに

はじめに
　このところ、「マルチメディア」という言葉が社会を席巻している。事の発端はクリントン政権のアルバート・ゴア副大統領が提唱した「情報スーパーハイウェー構想（ＮＩＩ）」であり、昨年五月郵政省の諮問機関である電気通信審議会による答申「情報通信基盤整備プログラム」が「二〇一〇年の市場規模百二十三兆円と二百四十三万人の雇用が見込まれる」と発表して、一躍脚光を浴びた。ＮＩＩの発展ＧＩＩ構想（Global Information Infrastructure ）はさらに世界地図を塗りかえらんばかりの勢いである。

　キーワードは「マルチメディア」。ちょっと書店を覗くと、「手にとるようにわかるマルチメディアがわかる本」「マルチメディア文明論」「インターネットがわかる本」「マルチメディア最前線」「アメリカの情報革命」「マルチメディア時代の情報戦略」「マルチメディア学がわかる。」などのタイトルが並ぶ。昨年一年間にマルチメディアとタイトルされた、あるいはこれに関する新刊書籍は百十点（毎日新聞・日販売調べ）、前年の三倍という。　これまでのコミュニケーション論からすれば、この狂騒曲にも送り手－メッセージ－そのメッセージを搬送するチャンネル（一般に「メディア」と称される）－受け手という要素があてはまり、上手にハモらないと観衆を魅了するところまで完成しないだろう。つまり、現段階ではハード面ともいうべき地上を走る光ファイバーと赤道上空に居並ぶ衛星（搬送チャンネル）、そして情報端末機器であるパソコン（受け手の解読機器）の普及がことのカギを握っている。従って実現に向けて、機器の規格標準化や互換性の問題、ソフトの開発（メッセージ）、インフラストラクチャーの整備などが主たるイッシューにあげられている。

　これら二つの情報環境の世界的な変化の共通点は、従来の情報搬送チャンネルに代わって、技術革新により全く新しいものを基幹にしようとしているところにある。相違点はその新しい基幹が、前者は光ファイバーを主軸にしているのに対し、後者は通信衛星（ＣＳ）であることだ。急速な技術革新の結果である。と同時にいずれもコミュニケーションを円滑に行うための手段と位置づけられるが、受け手の、よりパーソナル的な状況、つまりある目的に即するようなメッセージの入手と発信が限りなく容易になることを目指すものと、かたやより広範囲なマスをカバレッジし、メッセージ情報を送り出すことを目指すところに、筆者は注目したい。

　そこでかつては忘れがちであった、コミュニケーション領域にかかわるものが今日脚光を浴びてきた。（電気）通信の分野である。わずか一五〇年前に開発された電信は、海底電信が世界を結び（それが大英帝国の繁栄にも結び付けられる）、続いて電話、テレックス、ＦＡＸ、それも有線だけでなく無線（一八九五年）、衛星をリンクして無線、有線を使うなどの融合性をもって成長してきた。別の言い方をすれば、コミュニケーション・ネットワークの飛躍的な拡大を可能にするメディアが社会の中で力を蓄えてきたことである。

　これらの役割は、社会システムの進展とともに二とおりに分けられたきたように思う。一つは個人のコミュニケーション手段としての開発、そしてもうひとつがマス・メディアに求められた。
　ダニエル・ラーナーという社会学者が二十年前ほどに発表した論文（１）を少し書き替えると、人類は五つの近代コミュニケーション革命を体験している。
（１）１５世紀半ばの活版印刷術の発明　　印刷機　五〇〇年
　　　ただし、マス・メディアと民主主義の関係で言えば、二〇〇～一〇〇年
（２）一九世紀後半の映写の技術　　　　　映画　　一二〇年
　　　　　　ただし、現代社会と映画、ビデオで言えば七〇年
（３）二〇世紀前半のラジオ　　　　　　　　　　　　　　　七〇年
（４）テレビ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　五〇年
　　　　　　　　　　　　ただし、世界とテレビで言えば、三〇年
（５）人工衛星　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　四〇年
　　　　　　　ただし、衛星とテレビ・メディアで言えば、一〇年

　かつて米国務長官を務めたブレジンスキーは二十年以上前に本学で講演した際、新技術が国際政治に及ぼす影響力について述べた（『ソフィア』第二十巻二号）。彼によれば、これまでの発明が人類の歴史に与えた影響なかで、コンパス（羅針盤）は植民地開拓、火薬は戦争の性格を一変し、民族主義、国家主義を生みだした。そして印刷術はマス・メディアを可能にして近代民主主義社会誕生の決定的な要因になったという。すなわち、人々が知識をもって（に基づいて）自由に意思を表明する、参加するそして国民に知らせる役割を果たすメディアが社会のなかに産声をあげたとも言える。ブレジンスキーは続く時代は、コンピュータ、原子力、電子工学による劇的変化を予測したが、核の力は二度の惨劇ののち抑止力として国際政治の舞台で半世紀以上踊り続けた。そうした中で別の二つの技術革新が社会に浸透し始めていたとも言える。
　しかしながら、これからわれわれが迎えようとする社会は確実にこれまで以上に「双方向的な情報交換が可能な機器」が主役となることが予測される。主役はその利用の仕方によっては世界の政治、経済、社会を変える力を潜在的にもっているかのようにも伝えられる。
　誰がその主役を動かすのか。

洞窟画からブラウン管、いやディスプレー

　現代社会と情報環境を理解するためには、これをもう少し詳しく述べておく必要があるだろう。最近、アルタミラやラスコーよりも古い洞窟画が発見された。人類が二本足で立つようになり、前足であった両手を使って、道具を作り、使い出した。それが決定的に動物と違うところともいわれる。あのアーサー・Ｃ・クラークの映画「二〇〇一年宇宙の旅」（一九六八年、スタンリー・キューブリック監督）の一場面にも登場する。そして映画は、類人猿が骨を空に投げると、画面は大宇宙の中へパンする。宇宙船のなかでロボット「ＨＡＬ９０００」が突然の反乱、命令違反を起こす。そして……。人類はこの間に四百万年という、たかだか八〇年くらいしか生命を保てない人間にとって気が遠くなるような時が過ぎている。
　
　Ｍ・マクルーハンを出さずとも、世界は確実に「地球村化」している。いつの間にやら、何もかもが「情報」という名の得たいの知れないメッセージをいかに早く、個人・団体を問わず入手することが、近現代社会において専門的送り手集団と位置づけられたマス・メディア機構だけでなく、一般の人々にも重視され始めている。言うまでもなくそれを可能、促進したのがコンピュータと通信回線の普及である。それまでジャンクとして使い捨てであったものも、データベース化すれば「商売」になるということに気付いた。従って産業立国とネットワーク化をいちはやく果たしたアメリカ、イギリスをはじめ、程度の差はあれ欧州勢がイニシアチブをとったのは至極当然である。　そこに放送による東欧崩壊というインパクト、「西側情報の勝利」という構図が付け加えられた。日本が国内で騒いだ「国際化」と（internationalization）とは内容も、規模も異なる言葉「グローバリズム」（globalism,globalization ）が盛んに唱えられ始めたのである。付け加えれば、放送と通信の領域が不鮮明になりつつあることも世界の趨勢であり、それがそのまま「ボーダレス」の意味合いを構築している。

　　第二はこれに伴うマス・メディア環境の拡大である。五百年続いた活字メディアの諸機能は、有線、無線通信、写真などの技術革新を取り込みながら、「ニュース（情報）をいかに速く得、読者に届けるか」を常に時代の柱にしてきた。現代から見れば、それは緩やかな進展と表現してもいいかも知れない。だから、よく聞く「現代は変革の時代」というのは陳腐な表現ではないかと思う。いつの世も変革しているからだ。
　それでも、ここわずか半世紀ほどの間に、その数十倍、数百倍の速度でＴＶメディアが世界の人々に政治、経済、文化的影響を与える存在になった。同じ無線であるラジオは登場した時期と、短波の国際放送の機能が国家の宣伝媒体に使われるというイメージ、そして続くニューメディアの開発、すなわち聴覚に視覚をプラスしたテレビが家庭に入り込むまでの期間が余りに短か過ぎたなど、不幸が重なった。

　ともかく、マス・メディアは人々に、現実ではない「共通体験・経験」を現実に植え付ける社会環境を生み出した。古典的ではあるが、Ｗ・リップマンのいう「疑似環境」の拡大は依然続いている。映像コミュニケーションの進展は、いわば言語体系によらない、「コードのないメッセージ」の普及と考えられるから、受け手に容易に到達し、イメージの世界が形成されるのである。

　しかし、新しい時代を描く端末であるパソコンのディスプレー、これまでは茶の間に侵入した「第五の壁」（Ｗ．リンクス）と称されたテレビのブラウン管（チューブ）ならぬ「第六の壁」が人々に一体どのような影響を与えるかの議論はない。マルチメディアをテレビの発展・進化の流れでとらえようとする見方「パソコン・テレビ」もあれば、ＡＶの要素が盛り込まれたパソコンと見るものいる。『毎日新聞』世論調査によれば、過去半世紀の日本社会に与えたもののうち、テレビジョンが第二位にあったのは興味深い（九四年十二月三十一日付）。

コミュニケーション・ツールとしてのパソコン

　素人ながら、マルチメディア社会のキーメカともいえる端末機器であるパソコン・メディアの発達を眺めてみると、さらにおもしろいことが分かる。つまり、最初はデジタルを応用しての言語を組み立て（ＭＳ／ＤＯＳとかＯＳ）、ディスプレー上に文章を流し、次に音響装置が考案された。磁器テープから固定ディスク、ＦＤ（フロッピー・ディスク）の開発と工夫で、大容量の記録保存とその持ち運びも容易になった。コンピュータの大きさは何室もの規模からデスクにのる大きさになり、さらに週刊誌よりも小型のサイズになっている。それよりはプリンター・ハード付ディスプレー・キーボードをイメージしていただこう。それは集積回路を中心に、限りなく大から小への開発、高品質化と量産化が価格面も含めて、一部の、限定された人々のモノから広範囲の人々に使われるモノになった。

　お気付きだろうが、ここまでの記述は受け手は別として、パソコンは人類が口頭コミュニケーションから文字を作りだし、洞窟画やロゼッタストーンに記録を残した時代から紙の大量生産が可能となり、活字文化が社会の中で監視や伝統的遺産の継承などの役割を果たすという認識が主流となる時代までに開発されたマス・コミュニケーション・ツールを一挙にひとつにしてしまったことなのである。

　それは入力する行為、それを使いこなす能力（順番が逆だが要は「読み書き」）が必要とされたから、最初はごく一部の人のコミュニケーション・ツールでしかなかった。その頃ある学者が、「これまで書き溜めた原稿などが簡単に入って保存でき、加筆などができるといいのにね。私はパソコン（ワープロ）使えないの。誰かやってくれないかしら」と言われたのを覚えている。今では、ＣＤ－ＲＯＭとマウスを使えば文章でも画像でも容易に取り込める。キーボードに替わってペン入力は可能だし、音声入力も開発されている。

　文字だけの白黒のディスプレーは直ぐにカラーとなり、文字だけでなく絵や動画が取り込まれた。それらは新聞や雑誌の活字メディアが石版画や写真を入れて、さらにカラー化しきた過程を思い起こさせるし、映像コミュニケーションの映画の発展、すなわち無声映像（この時には弁士、楽団がついた）からトーキーへそしてモノクロからカラー、３Ｄ、ＣＧへ開発されたきたことと同じプロセスなのである。文字、音声、映像を取り入れたということである。
　他にも要素はいろいろあるが、一言で言えば、コンピュータの進化はこれまでのマス・メディアの諸特徴をなぞっており、ブラウン管、ディスプレーから送り込まれるメッセージはそういう意味で全くなかったものが表れているものではない。音に映像を組み合わせたブラウン管は、白黒からカラー化、ステレオサウンドのような絵、音の技術革新とともに、文字情報が組み込まれてきたに過ぎないのでは……。

　話は戻るが、コンピュータがマンハッタン計画の副産物であったことは、一般に余り知られていない。そのコンピュータ、つまり軍事利用のためにいかに早く膨大な計算を処理するかで生まれた機械が、計算の大量生産（マスプロダクション）により普及し始めたことから、世の中が変わったとも言える。そう言えば、衛星は初期において軍事偵察衛星あるいは海難事故を防ぐための海事衛星が主たる任務だった。それが、いまや茶の間にダイレクトに画像や情報を送り込む放送、通信衛星となり、ナビゲーション・システムに使われるようになった。

終わりに
　こうして考えてくると、メディアの開発は、もしかすると人々のコミュニケーション領域を広げてはいるものの、確実に「コミュニケートする自由・権利」の実現の方向に、人類が知らず知らずのうちに進んでいるのかと思う。　マス・コミュニケーションの発展自体が近代資本主義の発展の産物ではあるものの、人々は市民革命による諸個人がもつ考えを表現する自由と権利を勝ち取った（２）。それまでごく一部の封建的な国家体制、エリートが持ち続けた印刷技術－印刷物の生産・流通－を、自分たちの側からも受信ばかりでなく、発信する手段を獲得したのである。

　ところが、この二百年の間に、理論上の公衆の登場に代わる大衆社会と大衆の出現、自由主義経済の勝利は、一方で送り手が高度に組織化された専門集団となり（企業）、大衆・マスがこれを一方的に受信し、消費する社会体系を作り出した。公共の利益、人々への奉仕が主たる役割といわれながらも、その過程で情報の鮮度と重要さを知っている、というよりそれを己の利にしようとする人々がいつの時代にもいた。そして今もいる。

　そう言えば、サルの群れは黒石板〃モノリス〃に触れ、やがて知恵をもち始め、石を武器に闘争を始めた。
　新しいコミュニケーション・ツールは武器にもなる。いやもともとが軍事開発から生まれたものである。一体誰が再び転じることはないと約束できるだろうか。

　いま、われわれは一時（いっとき）の夢の中にいる。

注
（１）　Daniel Lerner and Lyle M.Nelson, eds., Communication Research--a Half-Century Appraisal
　　　（Honolulu: East-West Center, 1977), p.157.
（２）　フランス人権宣言（一七八九年）の第十一条「思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利のひとつである。したがってすべての人民は、自由な発言に対し、記述し、印刷することができる。ただし、法律により規定された場合におけるこの自由の濫用については、責任を負わなければならない」は、百年後の一八八一年プレス法第一条「印刷および出版は自由である」とより拡大され、さらにコミュニケーション自由法（一八八九年修正）第一条は「コミュニケーションは自由である」あと明記して、放送を中心とした視聴覚コミュニケーションの領域にもコミュニケーションの自由原則が適用されている。このフランスにおける自由の概念は興味深い。
［参考文献］
　石井寛治『情報・通信の社会史』（有斐閣、一九九四年）。
　林　茂樹編著『マルチメディア時代を生きる』（ソフィア、一九九五年）。
　筆者は文学部助教授（新聞学専攻）　※肩書きは1995年当時