下記の科研費の申請は採択されました(平成27年度ー31年度)。
研究課題:複素領域での非線型偏微分方程式の解とその特異点の研究
- 2014年10月の科研費の申請書類に記載した内容 -
19世紀の後半から20世紀の初頭にかけて,
複素領域での常微分方程式の解とその特異点の研究は数学解析の中心課題のひとつであった。
Riemann による3つの確定特異点をもつ2階線形微分方程式(Gaussの超幾何微分方程式)
の大域解の構成(1856), Fuchs による確定特異点の特徴づけ(1866−1868),
不確定特異点における形式解と真の解の対応関係を明らかにした Poincare の研究(1886),
Painleve による動く特異点を持たない2階有理型微分方程式の分類(1900−1902)などは,
その最も輝かしい成果である。
しかし, 偏微分方程式の枠組みの中に目を向けてみると,
上に掲げたような成果に対応する研究は今までに十分なされてきた, とは言い難い。
多変数の複素領域で, 「特異点と偏微分方程式の関わりを研究する」ことは,
これからの数学のなすべき最も大きなテーマのひとつであると思われる。
本研究は「複素領域での特異点と微分方程式の関わりを現代数学の立場から捉えなおし,
それをベースにして, 多複素変数の偏微分方程式の枠組みの中で,
解と特異点の体系的な理論を構築する」
という長期計画で進めている研究の一環として位置づけられるものである。
具体的には, 次の問題を解決したい。
$m \geq 1$ を自然数, $d=\#\{\gamma=(\gamma_1, \ldots, \gamma_n)
\in \BC^N \,;\, |\gamma| \leq m \}$ とする。
$$
z=(z_1,\ldots,z_n) \in \BC^n, \qquad
X=\{X_{\gamma} \}_{|\gamma| \leq m} \in \BC^d
$$
を各々複素変数, $G(z,X)$ を $(z,X)$ に関する正則関数とし,
$u=u(x)$ を未知関数とする次の非線型偏微分方程式を考える。
$$
G \Bigl(z, \Bigl\{ \Bigl( \dfrac{\partial}{\partial z}
\Bigr)^{\gamma}u \Bigr\}_{|\gamma| \leq m} \Bigr)
=0 \leqno{\rm (E)}
$$
問題. $S$ を $\BC^n$ での超局面とする。
次の (1), (2), (3) を明らかにせよ。
(1) 方程式 (E) の解で, $S$ 上に特異点を持つものは存在するのか?
(2) もしも存在するならば, どれぐらい多く存在するのか?
(3) そのような解の $S$ 上での特異点はどのような振る舞いをするのか?
○ ○
方程式 (E) が曲面 $S$ に関して正規型(または非特性的)である場合を
考える。方程式が線型の場合には, 問題(1)の様な解は存在しない(Zerner, 1971)。
しかし, 非線型の場合には, 多くの場合に問題(1)の様な解は存在する。
非線型偏微分方程式の解の特異点の非存在に関しては, 小林隆夫(1998)と
Lope-田原(2003)により,
「方程式の形から計算される指数 $\sigma$ があって,
$\sigma$次冪より小さい冪特異性を持つ解は存在しない」ことが示されている。
特異点の存在についての予想は, 次のとおりである。
(A1) $\sigma \not\in \{0,1,2,\ldots\}$ならば,
$S$ 上に $\sigma$ 次冪の特異性を持つ解が存在し,
(A2) $\sigma \in \{0,1,2,\ldots\}$ならば,
$S$ 上に対数的特異性を持つ解が存在する。
予想 (A1) については, すでに, 小林隆夫 (1998),
田原(2002, 2004)によって, 高階方程式の一部の
ケースと, 一階だが十分に一般的ケースには, 解の構成は実行された。
予想 (A2) については, 田原-山根(2008, 2013)により,
対数的特異点を持つ解が適当な条件のもとで構成された。
しかし, 上の, 小林, 田原,
田原-山根の条件を満たさない方程式は
数多く存在する。できる限り多くの方程式に対して, ($A_1$),
($A_2$) の予想を解決したい。
○ ○
漸近解析に
よる特異点の局所構造の決定には次の3つの道具が必要である。
「特異点を持つ解の構成」, 「解の漸近挙動の決定」
および「解の一意性の結果」。
例えば, 特異点を持つ解の構成が「形式解の構成」プラス
「その収束性の証明」から成り立っているとすると, その形式解の
形と解の漸近展開の形を比較し, そこに「解の一意性」を適用すれば,
特異点の構造決定が可能になる。
漸近解析によって,
特異点の局所構造を決定したい。
○ ○
特異点の局所構造の決定には,
偏微分方程式の変換論を利用する方法が有力であることが,
最近明らかになってきた。この場合には, 変換の方程式
(これを coupling 方程式と呼ぶ)は無限変数を持つ
偏微分方程式になる。田原(Publ. Res. Inst. Math. Sci.,
2007, 2009)で展開された理論である。この手法の利点は,
方程式の標準形が求まれば, すべての特異点が一気に決定できる
所にある。 現在までに, それに成功しているのは,
次の3つのケースである。
1. 一階の正規型非線型偏微分方程式の場合
(田原, 2007),
2. Briot-Bouquet型の一階非線型偏微分方程式で,
その特性指数が非共鳴的で, かつ, Poincar\'e 条件を満たす場合
(田原, 2009),
3. 2 の方程式で,
%Briot-Bouquet型の方程式で,
その特性指数が共鳴的な場合(田原, Tokyo J. Math., 2013)
Coupling 方程式を使う偏微分方程式の変換論を,
さらに多くの方程式に対して
適用し, 特異点の局所構造を決定したい。
○ ○
大内忠は論文(Publ. Res. Inst. Math. Sci., 2008)の中で,
ある種の非線型偏微分方程式に対し
「解の超曲面上での特異点の漸近展開を求める」ことに成功している。
これによって, 解の特異点での振る舞いの様子がずいぶん解析し易くなった。
大内の結果は, 解の存在を仮定しているので, 実際に問題(3)に適用するには
「解の存在を示す」必要がある。
非線型偏微分方程式の,
特異点を含む関数で表された形式解に対して,
ボレル総和法の理論を使って,
解の存在を示したい。