9-8 当事者組織・セルフヘルプグループ (岡知史)
Keywords: フリーライダー、組織的社会化、会員意識

日本地域福祉学会『地域福祉事典』(2006), pp. 428-429.

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【概念】
 当事者組織とセルフヘルプグループは、いずれもその構成員が特定の体験を共有し、その体験に付随する諸困難に対処することを目的として自発的かつ主体的に展開されている持続的な市民活動の形態である。この2つの概念は以上の定義を共有しているが、次のように区別をすることが可能だろう。
 まず地域福祉における当事者組織とは基本的には在宅福祉・地域保健サービスの利用者から構成される消費者団体である。その多くは行政地区(区市町村)を単位として結成される。組織の結成や事務業務の維持については社会福祉協議会や精神保健福祉センター等の機関が支援することが多い。その例としては社会福祉協議会によって支援された老人介護者(家族)の会がある。
 それに対してセルフヘルプグループは行政地区とは無関係に自由に集まり、「わかちあい」と呼ばれる構成員相互の交流を重視する。「わかちあい」とは共通の体験をもつ構成員が、その体験に関連する感情や情報、考え方を同等な関係のなかで交換することである。「わかちあい」を通じてグループの構成員は各自の生活の自己管理、問題解決のための自己決定を図り、また社会参加を果たしていく。また構成員は社会の差別的価値観を内面化した結果として感情や意思の自己抑圧を体験しているが、そこからの解放をグループの「わかちあい」によって実現しようとする。これらのことが「プログラム」と呼ばれる一定の手続きに集約され、それを個々の構成員が実践していく形で活動が行われる。代表的な例としてはアルコール依存症者のグループであるアルコホーリクス・アノニマスがある。
 現実には当事者組織とセルフヘルプグループは一つの連続した概念の両極であり、多数の組織・グループはその中間のどこかの位置にあると考えてよいだろう。以下、この当事者組織、セルフヘルプグループ、そしてその中間の形態をとる組織をすべて含めて「当事者組織」と呼び、その組織としての問題について述べる。

【フリーライダー問題】
 当事者組織では、しばしば少数の活動的なリーダーだけが制度改革に腐心し、個々人の問題解決につながる情報を収集かつ提供し、集会の準備等に労力を費やしている。その一方で、その労力の結果を享受するだけの受身的構成員が多数いる。その様子は「湖に浮かぶ孤島」のような形になる。すなわち組織の中核に活動的なリーダーがいるが、その周囲にはそれを支える活動的なフォロワー(随従者)がいない。そして組織の周辺部には多数の傍観者的な構成員が集まっているのである(図参照)。
 この問題は「フリーライダー問題」と言われ、労働組合等の研究で長く議論されてきた(「フリーライダー」とは『ただ乗りの人』という意味である)。労働条件改善のために献身的に働く人がいる一方で、その成果(改善された労働条件)を受けるだけの人がいる。個人の損得だけを考えれば、問題解決のための集団に属しつつも、その集団内では積極的に動かず、そして他の人の労力の成果を得ることが最も合理的な選択なのである。
 労働組合よりも当事者組織の方でこの問題がより深刻になると思われる理由としては、第1にリーダー自身も当事者として生活困難をかかえていて、組織運営は大きな負担になるということである。第2に「フリーライダー」は組織運営に積極的に貢献しないという意味で受身的であるが、一方で組織が提供するサービス等を求めることには積極的である場合がある。つまり組織のリーダーからアドバイスを得たり、レクリエーションのプログラムを利用したりすることには積極的になることがあり、それは組織運営を担うリーダーのより大きな負担につながるのである。

【会員意識を育む組織的社会化の必要性】
 この問題を解決する1つの方法は当事者組織のなかで「組織的社会化(organizational socialization)」を進めることである。組織的社会化とは組織研究(organization studies)で広く使われている概念であるが、組織構成員として働けるように構成員を訓練・教育することである。具体的には当事者組織の目的や理念を教え、組織活動への動機づけを行い、必要な知識や技術を伝えるのである。
 多くの当事者組織では、このような組織的社会化は積極的には行われていないようだ。当事者組織では構成員は共通の体験をしていることからくる強烈な「仲間意識」ともつことが多い。「われわれは仲間だ」「困ったときは助け合いたい」という気持ちになっている。そして、この強い「仲間意識」さえあれば、当事者組織は充分に発展すると考えられているのだろう。
 ところが、実際にはこの「仲間意識」だけでは組織は発展しない。組織の目的を明確に理解し、自分が組織に対してもつ役割を認識し、その役割を実行しようという動機づけができている状態、すなわち「会員意識」をそれぞれの構成員がもつ必要があるのである。
 この「仲間意識」と「会員意識」の混同のために組織的社会化の必要性がリーダー層には見えにくく、その結果「仲間意識」はあっても「会員意識」は持てないでいる「フリーライダー」の増加につながっていると考えられるのである。