《研究ノート》

　　　ある英人新聞発行者を追って
　　Ａ．Ｗ．ハンサードの軌跡

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　鈴　木　雄　雅（1993年１月５日記・未完）/2000.7.15修正
　　（一）
はじめに
 まずは，近代的な武器から挑戦したものの……
対人コミュニケーションの重要性
 セント・キャサリンズ・ハウス
 情報は足でかせぐ
 調査依頼も助けになる　　
　　（二）
原点にもどることも大切
 他者の事実は再確認，そしてまた何かを発見できる
 徹底的に周りを攻める
 父，トーマス・カーソン・ハンサード
 やはり，自分の足を使わねば
 余　話①
　　　（三）
期待はむなし
 ハンサードは何人いる？
やはり，新聞がものをいう
 再び，確認作業の日々
 文献探索の眼
 余　話②
おわりに
 注
　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　一　）

　はじめに
　　「さかのぼって今から140年程前。徳川幕府がようやく開国を決意し，幕末の騒
　　然とした雰囲気が続く頃の話である。
　　　いま，まさにロンドンに向けて横浜港を出帆しようとする三本マストの英国
　　船エレノア号の船上に，ひとりの英人がいた。母国に帰る彼の顔は，何故か寂
　　しげであったろうと思われる。隣には４歳下の妻エリザベスが寄り添うように
　　たたずんでいた。一人娘は，既に４か月前に上海経由で帰国している。
　　　英国を後にしてニュージーランドに十年，そして開国間もない日本にやって
　　来て長崎，横浜と移り住んだ。15年以上離れていた故郷に帰るのだから，嬉し
　　いはずなのだが，健康を害していたせいかも知れない。それとも，エリザベス
　　に何ひとつやってやれなかったことを悔やんでいたのだろうか。生まれ故郷の
　　ハートフォードシャーの小さな田舎町，ビショップス・ストートフォードの教
　　会で式をあげて，わずか７年程で離れたのだから，無理もないだろう。
　　　外国人居留地仲間からの見送りもほとんどなかった。いい仲間もいたにはい
　　たが，山師のような奴が少なくなかった。〃東洋のエルドラド〃とはよく言っ
　　たものだ。盛大な送別の晩餐会が開かれたわけでもなかった。いや，彼にとっ
　　て，そんなことはどうでもいいことであった。
　　　四十を過ぎた，まだ働き盛りのこの英人，アルバート・ウィリアム・ハンサ
　　ードの心に，何か忘れ難いものを日本に残してきたような気がしてならないも
　　のが渦巻いていた」
　　　「まさかそれから１年も経たずに，この世を去ることになろうとは，ハンサ
　　ード自身思ってもいなかっただろう。そしてその数か月後，後を託してきたブ
　　ラック氏の不手際から，彼が育てた，そして生涯唯一ハンサード家の出身とし
　　て誇りをもつことができた『ジャパン・ヘラルド』が競売に出される。
　　　この時ハンサードの脳裏を，何かかすめるものがあったのだろうか……」

　筆者がかつて執筆した「幕末・明治の英字紙史考」（『ソフィア』113号，pp.82-98）をお読みになった方は，ご記憶があるだろうか。Ａ．Ｗ．ハンサードという英人は，幕末の長崎外国人居留地で近代的な英字新聞『ナガサキ・シッピング・リスト・アンド・アドバタイザー』を創刊し，横浜でも『ジャパン・ヘラルド』を発行した新聞発行者である。　これまでの調査で，ニュージーランド・オークランド在住時代のハンサードについはある程度判明したものの１），生まれ育った英国での彼については，たとえあの有名な，印刷人ハンサード家の流れをくむひとりであったとしても，何故か一切未詳のまま，既に１世紀以上の歳月が流れている。
　本稿は，彼，英人新聞発行者アルバート・ウィリアム・ハンサードについての新事実発見を通じて，研究・調査の過程を報告する。（本文中引用の公文書館，図書館名などは仮訳，巻末参照）

　まずは，近代的な武器から挑戦したものの……
　世界に名高い大英博物館（ＢＭ）も，その収容能力の限界から図書館部門（大英図書館，ＢＬ）は，市内数か所に図書を分散保管している。ＢＭ内にある，マルクスも執筆に使ったという図書室では，請求した本がパンフレットに書かれているとおりであれば90分以内に席までもってきてくれるはずだが，筆者のようなテーマで，コンピュータからはじき出される本は，ほとんど24時間以上待たされる。東京の国会図書館でも辟易している筆者にとっては，期待を大きく裏切ってくれる始まりだった。
　古き，良き時代を大切にする英国でも，図書館はさすがに最新兵器のコンピュータを備え，収納図書のデータベース化を図っている。もっとも台数が十台もないから，いつも席がふさがっているが……。これは基本的には三種類の検索ソフトが組み込まれており，①著者・発行者，②書名などからの検索，③キーワード検索ができる。もちろん，彼は著作など残していないから，①以外で挑戦してみる。例えば，「日本から英国への乗船名簿」，これをさらに絞り「1865-67年」で入力するが，出てくる前に「多すぎるのでさらに限定」の指示がでる。それに従い「英語本」に限定しても，さらに「まだ多い」と来るから，今度は無視して画面に出して見ると，どう見ても，関係ない本が大挙ディスプレイされるから困る。
　しかし，「アルバート・ウィリアム・ハンサード／死亡記事」で入力すると，４件出て来た。「これは」と思ったのは，マーク・トウェインのInnocents Abroad (1912年）があったからだ。というのは彼は，1860年代後半ヨーロッパに来ており，もしかするとその作品のなかにハンサードとの接触があるかも知れないと，推測したからである。ところが，２日待たされた本を開いても，どこにもそれらしきものは見当たらない。結局，この検索で拾い出してくれたのは，作品のなかに登場する「アルバート」という人物らしかった。　その他に幾つか，「思いつくまま」（画面の指示にそうある）に入力すれば，相当数の該当書をだしてはくれるが，大概が複数指示したうちの何かひとつの接触のみであった。
　こうして，近代的な武器であるコンピュータ検索からは，目指す「アルバート・ウィリアム・ハンサード」の情報はなにひとつ得ることが出来なかった。
　新聞記事からも無理だった。右と並行して，かつてＢＬが一同に保存していた新聞関係を分離して独立させたコリンデール図書館にも通った。地下鉄のノーザンライン線，ロンドン郊外にある。駅前Ｏ分のところだが，寂しいところだ。当時の『タイムズ』のマイクロを引っ張りだし，かの有名な「タイムズ・インデックス」から「ハンサード」を探りだしても別人なため，連日彼の記事，死亡記事を見つけたが，見つからない。よく考えればしごく当たり前である。新聞記事に載るくらいなら，とうの昔に誰かが発見していただろう。ただ，同図書館には，彼の発行した新聞２紙が後年出された『長崎シッピング・リスト』（Nagasaki Shipping List, 1869-70年）とともに“Miscellaneous ”の題目で，原本が製本されて保管されている。おそらく，原本があるのは世界中でここだけである。筆者がかかわっている『日本初期新聞全集』（ぺりかん社刊）で復刻してはいるが，一体誰が，いつこれを当時のＢＬに寄贈，またはＢＬがどのようにして入手したかは，実に興味深いことである。

　対人コミュニケーションの重要性
　こうして，一時は暗礁に乗りあげた船の船長のように，為す術をなくしたわけだが，意外なところから情報を得た。それは，筆者の研究テーマにも関係するため，別途ロンドンで発行されている日本語新聞を調査していたところ，インタビューした『日英タイムズ』編集者・加藤節雄氏２）から，それなら死亡や結婚の証明があれば進展するだろう，とアドバイスを受けたからだ。彼もまた，こちらで最初に結婚した日本人，初期の在英日本人に関心をもっていたからである。たまたま，ケンブリッジ大学東洋書籍部で日本関係のカタログ３）が出たことを知り，一度出かけるつもりであったところを紹介していただき，そこで小山騰司書から「セント・キャサリンズ・ハウス」のことを教えていただいた。
　もっとも，これも情報を持っている人にあたるまでが問題だ。結果的に早いか，遅いかなどは言えても，そうたやすいことではない。例えば，ここには印刷関係の図書館があるが，専門家であるはずの係の男性ははじめ一向に興味を示さなかったし，日本学関係の研究者，学者であっても，そうした分野には詳しくなく，異口同音に「ハンサード，知ってる？　有名な印刷業者の名だから（一族の）関係者だろう」と言う。それは推測であり，筆者も既にその伝記を読んでいるから，おおよそそうは言えても，確証は何もない。同書でさえ彼について何も触れていないからだ。また，誰からもそれ以上の有益なるアドバイスがあったわけでもなかった。
　もちろん，余程の事がないかぎり，こちらのジャーナリストやジャーナリズム関係者，日本のマス・メディアの中でも，数か国にまたがりジャーナリズム史に精通している人を捜し出すのは容易でないことは想像できるだろう。
　既に２か月が過ぎようとしていた。

　セント・キャサリンズ・ハウス
　ロンドンを西から東へ横断するように走る地下鉄のセントラルラインは，1900年開通。そのせいかどうか分からないが，車両は一番汚いともいわれている。あの夏目漱石が「穴の中は電気灯であかるい」（『倫敦消息』）と紹介しているチューブに乗り，ホルボーンストリートで降りる。そこから南のストランドの方へ下り，アルドウィッチとの角に，目指すセント・キャサリンズ・ハウスはある。
　どこの国でもそうかもしれないが，自分の出身や家系，一族を探すのは盛んだ。ここもそういう人で一杯だ。別にお年寄りだけではなく，老若男女が調べにきている。この名前は建物からとられた通称で，正式名称は「人口統計調査所」（ＯＰＣＳ）である。「誕生」「死亡」「養子」の正式証明書，さらに「誕生」「養子」の簡略証明書を発行してくれる。自分で直接来れない人は，調査を依頼することもできる。ほぼ１年を四半期に分け，それぞれを姓名から引きだし見つけだしたら，申請書に氏名，該当年，記録番号などを記入して提出すれば，４日後には入手できる。
　ところが，こちらが持ち得る，それもかなり“不確実な”情報は，ハンサードは「1865年頃，日本から帰国」「1867年頃死亡」４）の二つしかない。とりあえず1865年から「死亡」インデックスを一冊ずつめくると，「1866年4-6月期」の項で早くも出て来た。
　入手した死亡証明書によると，アルバート・ウィリアム・ハンサードは「1866年５月５日，ロンドンのリージェントパーク南側にあるアッパー・バークレー・ストリート19番地で，しょうこう熱のため死亡」という届け出が，同月８日最後をみとったＣ．スミスなる男から，ミドルセックス・マリルボーン地区に出され受理されている。死亡時の年齢は「45歳」，職業は「新聞経営者」となっている。死亡年齢が45歳だから，誕生年は1820年ないしは21年であることが推測される。ところが，ＯＰＣＳの誕生記録は1837年からしかない。さらに死亡証明には彼の出身地欄はなく，妻の名前も記されていないうえ，Ｃ．スミスがいかなる関係の者かも分からない。これでは彼の死亡年月日が判明しただけである。　それでも，もうひとつ捜し出していた「持ち駒」があった。それは彼の娘，マリー・エリザベスが1867年，後に倒産騒ぎに乗じて『ジャパン・ヘラルド』をブラックから奪い返し一時は同紙の所有主におさまるがのち社員との仲違いから，神戸に移り同地で最初の英字紙『ヒョーゴ・ヘラルド』を創刊するＡ．Ｔ．ワトキンスという男（ハンサードの娘婿にあたる）と結婚した事実をつかんでいたからだ。
　こちらも拍子抜けするくらい簡単に見つかった。同時に入手したマリー・エリザベスの結婚証明から分かったことは，新郎の名は「アルフレッド・トーマス・ワトキンス」，職業欄には商人と記載されている。父親も同じく，姓名はトーマス・ワトキンス。立会人として，彼と亡くなったハンサードの親代わりだろうか，「トーマス・カーソン・ハンサード」の名がある。両人とも年齢欄には「独身」としか記されていない。ただ，ここからも「Ｔ．Ｃ．ハンサード」とはいかなる関係の者かの疑念が沸く。そして，これが後に有力な決め手のひとつにもなる。もし有名な印刷業者のハンサード家の者なら，常識的な推測が当たっていることになる。

　情報は足でかせぐ
　ハンサード自身のではない，もうひとつのこの結婚証明書は有益な情報を含んでいた。それは，1867年２月24日，彼らはロンドンのミドルセックス教区の教区教会であるセント・ジョージ（ハノーバー・スクエアー）で式を挙げたということである。このハノーバー・スクエアーは，日本の大手航空会社系のいぎりす屋そして東京銀行が1970年代に進出して，日本人観光客なら必ずと言っていいほど訪れたところ。最近では，ピカデリーの三越や日本企業に買収されたシンプソン，92年夏に開店したそごうに足を奪われてはいるが，まだまだ日本人には馴染みの場所である。しかし，そこからひとつ角をまがったところに，こんなに大きな教会があることは，あまり知られていない。
　こうなったら，足で調べるのが基本のジャーナリズムの世界。そうしないわけにはいかない（もっとも，それまでも足はつかっているのだが）。
　英国の気候を象徴するような雨が降る中，セント・ジョージ教会をおとづれると，シスターがそうした古い記録は，ビクトリア図書館のシティ・オブ・ウェストミンスター公文書部に保管されているという。早速そこへ出掛けてみるが，何のことはない，あるのは筆者が入手した結婚証明書と同じものだという。しかし，担当の女性は親切に，その中に記されている各人の住居地，職業から捜し出せるかもしれないとアドバイスしてくれた。それから３日ほどかけて，そこにある当時のロンドンの郵便年鑑や職業年鑑，裁判所年鑑にはじまり，選挙人台帳（これは教会ごとだから大変），昔の名所解説書など，関係すると思われるありとあらゆる本をめくり，該当人物らしきものをメモして，次にマイクロフィルムから当時の住民台帳を引っ張り出す作業を繰り返した。いずれも，結婚証明書に書かれていた当時の２人の住居表示（正確でない）を頼りにしたものだが，いい結果は出てこなかった。
　しかし，諦めるのまだ早い。これに懲りず，次に試みたのは，ハンサードの死亡した場所が，オクスフォードストリートの北側にあるため，そちらを管理しているマリルボーン図書館公文書部に出かけることだった。それは，シャーロックホームズの壁画が地下鉄構内を飾り，駅をでるとホームズ由来のパブがあるベーカーストリートから歩いて数分のところにある。ハンサードが最後に息を引き取った住居の目と鼻の先の立派な建物である。当時の人口調査は1861年，71年というように十年ごとであり，ハンサード一家の帰国，死亡時がその狭間であったため，1871年調査をみても，既に該当番地から彼の一家の名前は消えていた。
　ここでも担当の男性は実に親切で，筆者の拙い英語に耳を傾けてくれて，探り出す三つの可能性を示してくれた。第一に当時の葬儀屋の経理簿があるから，該当年月をめくり，埋葬地などを探り出せば誕生，出身地などが分かるかもしれない。第二にＯＰＣＳで結婚年を探しだし，入手することから新たな糸口をつかむ－－1850年頃にニュージーランドへ行っているのなら，その前にこちらで結婚したことも考えられるからだ。第三は，当時彼の死亡地から埋葬されたと思われる墓地は限定されるだろうから，そこで墓石を見つけ出すことだった。
　第一は思いもよらなかった。まさか，140年前の葬儀屋，それも２社分をめくるとは思わなかったが，結局該当するものは残念ながら何も発見出来なかった。ただ，そこに２人の日本人が死亡している事実が記載されている記録（姓名未記入）をみたときは，何とも言えない気持ちになった。
　第二は，再びＯＰＣＳへ行くことであった。何せここは混んでいるところで，おしあいへしあいでインデックスを出し入れしなければならないし，言ってみれば競争である。そのため，まず１年ごとの四期分の一覧表を作成して，見れるところから先にみていき，チェックしていく用意をして出掛けた。年代順など構っていられなかったが，９年分をあたったところで，目指す彼の名前を発見。何故かこういうとき土，日をはさむので４日後とはいっても，結局１週間後に取りに行くことになる。
　さて，こうして見つけた結婚証明書によれば，ハンサードは1843年９月21日，23歳の若さでエリザベス・パーシバルという19歳の女性と，ハートフォードのビショップス・ストートフォードにある教区教会で結婚式をあげている。このハートフォードというところは，ロンドン北の田園地帯で東にエセックス，西はバッキングシャーにはさまれる，いわゆる英国行政区からいうカウンティ（county）のひとつである。ビショップス・ストートフォードはリバプール駅から国鉄（ＢＲ）のウェストアングリア線に乗り，ケンブリッジ，スタンセッド空港へ行く途中にある。「結婚したところ＝生まれたところの近接性は世と国と時を問わない」という言葉があるかどうかは別として，そこに彼がニュージーランドへ行く1850年代初めまでのカギ，つまり彼がいつ，どこで，どうやって印刷の仕事を習得したか―があるのでは，と思ったのは自然であろう。
　「数日後，何が発見できるかの予測がつかないまま，これまで集めた資料とノート，そしてカメラをもってＢＲに乗り込んだのは言うまでもないことである。ただし，数日後になったのはそれなりにわけがある……」とフィクションなら書けるだろうが，それほど性急することはない。というのは，突然の飛び込みも悪くはないが，時と場合に寄る。結果論から言えば，ロンドン市内での調査などは，うまくいった方だろう。場合によっては，無駄足となることも少なくないからだ。
　時間がかかる場所への調査は，やはり事前の下調べをしておくことが必要である。こういう時は自宅近くの図書館が便利。筆者のロンドンで居を構えた近くのスイスコテッジ図書館ではきちんと，国内の地図やそれぞれ地方自治体が出している市や町の地図，紹介のパンフレットがファイルされている。それらからハートフォードを調べると，ビショップ・ストートフォードの歴史から地理，街路図まで分かる。ビショップス・ストートフォードはハートフォードの一番東端にあり，ちょうど北へ延びる高速道路Ｍ11がケンブリッジに向かってとおるところで，道路地図などには大きく明記されるが，それを除くと小さな田舎町である。ハンサードが式をあげた教会は，駅前から西にまっすぐいったニュータウンロードにあるらしい。セシル・ローズの生まれたところであることも知った。そして図書館でみつけた『行政年鑑1992年版』なるものから，同地方を専門とするシティ・カウンシル・アーカイビストの氏名を探り出し，まずは乗り込むにあたって実りある調査が可能かどうか，打診することにしたのである。
　大体，この下調べに半日かかった。

　調査依頼も助けになる
　さて，寄り道をしたが，話を元に戻そう。
　照会からわずか数日でハートフォードシャー・カウンティー・レコード・オフィスのアーカィビスト，Ｃ．Ｍ．トンプソン博士から詳細なお手紙をいただいた５）。思ったより早くそして貴重な内容だった。それによると，結婚の立ち会い人でもあるパーシバル・エリザベスの父，ロバート・パーシバルは当時，同地で酒・ワインの醸造・販売業を営み，駅馬車会社を所有していたという（Pigot's Directory of Hertfordshire for 1840 ）。「花婿よりも花嫁の関係するところで結婚式が行われるのが普通」とのくだりには，いささか気落ちする感があったが，続く同女史の調査報告は有益であった。というのは，「ユタ系図学会」（Genealogical Society of Utah )の国際索引のロンドン版に，Ａ．Ｗ．ハンサードは「1821年３月13日，ロンドンのホルボーンにあるセント・アンドリュー教会で洗礼を受け，父はトーマス・カーソン，母はマリー」と記載されていることが分かったからだ。それは前述したとおり，ハンサードの娘マリー・エリザベスの結婚式の立ち会い人に署名している人物が，ハンサードの父親，つまり，亡くなった息子の一人娘，孫にあたる彼女の結婚式の証人として参列した事実を意味しているのではないかという推測が成り立つ。
　ただし，その前にやや複雑な事実が提示された。それは印刷業「ハンサード」家の名が「英国議会報（Parliamentary Debates ）」の冠名として知られるようになるまでにした創始者ルーク・ハンサード（Luke Hansard, 1752-1828 ）の長男がトーマス・カーソン・ハンサード（Thomas Curson Hansard, 1776-1833）であり，またさらに彼の長男が同名であったからだ。この孫にあたるＴ．Ｃ．ハンサード（1831-91）も長く議会報の印刷に携わった人物である。しかし，ここまでくれば，常識どおりの推測－－ハンサードの名が示すとおり，彼はあの著名な印刷人一族のひとりであり，創業者ルーク・ハンサードの孫あるいは曾孫にあたる人物であると言って，ほぼ間違いないないだろう。
　それでは，なぜ彼，アルバート・ウィリアムの名がハンサード家を語る J.C.Trewin & E.M.King, Printer to the House: The Story of Hansard （London: Methuen, 1952）から，すっぽり抜け落ちているのだろうか。
　この疑念の解決と２人のＴ．Ｃ．ハンサードとの関係，そしてトンプソン博士の調査報告の裏付けをしなければならない。
　調査はまだ続いた。

　　　　　（　二　）

　原点にもどることも大切
　まず彼の名前はどこにも載ってはいないが，ハンサード家の正史とも言える同書をもう一度読み直すことから始めなければならない。言わば，「仕切り直し」である。
　実は，筆者は同書のコピーをかつて入手したのだが，あいにく東京の自宅に置いてきたままで手元にない。しかし，フリートストリート近くにある「印刷図書館」が所蔵していることを知っていたことが幸いだった。不思議なことに，ＢＬから同書をコピーしたにもかかわらず，ＢＬの検索にはひっかからない。前回との大きな違いは，彼が紛れもなくハンサード一族のひとりであるという大前提のもとに取り組むことだ。この点，洋書はインデックスがあるから，２人のＴ．Ｃ．ハンサードについては記載されているところを中心に読み，メモをとれる。そして，まずはハンサード家の人間関係を頭にいれることにした。　結論から先に言えば，アルバート・ウイリアム・ハンサードは，ルーク・ハンサードの長男トーマス・カーソン・ハンサードの子供の一人であることに間違いない。すなわち，英国で著名な印刷業ハンサード家出身の，由緒ある家柄の印刷人のひとりが，遠く離れた東洋の国，日本の開国期に英字新聞２紙を発行した事実がここに浮かび上がってきた。前書掲載のものと新たに筆者が発見した事実を書き加えたハンサード家の系図の一部が，
図１である。そして，トンプソン女史が調査してくれた報告を裏付けることと，彼についての新しい発見－－すなわち最も重要な，どこで，どのように印刷技術を習得して，また何故ハンサード家から離れてニュージーランドそして日本にやって来たのか－－に，残り少ないロンドン滞在の日々を費やすことにした。

　他者の事実は再確認，そしてまた何かを発見できる
　予想どおり，彼の洗礼日は誕生日と一致しなかった。
　まずは，ホルボーンのセント・アンドリュー教会の記録がどこにあるかだ。これは，ハンサードの娘の時の経験を生かした。教会へ直接乗り込むのではなく，また同教会が前回紹介した２か所の公文書保管の教会とは異なる地区にあるので，残りのグレーター・ロンドン・レコード・オフィス（ＧＬＲＯ）だと思い同館を訪れた。が，これはいささかの勇み足だった。現在，セント・アンドリュー教会の記録は，シティーにあるギルドホール図書館の公文書部に一括保管されているという。セントポール大聖堂の北にあるギルドホールで，インデックスに従い1821年のセント・アンドリュー教会の洗礼記録マイクロを回すと，1821年の記録中に「３月13日，アルバート・ウィリアム。父トーマス・カーソン，母マリー，姓ハンサード，住居＝ソールズベリースクエア，職業＝印刷人，洗礼者＝Ｒ．ブラック」とあり，その下に「1821年１月22日生まれ」と掠れるようにみえた。これで，ひとつの事実が確認され，彼の姓没年月日が明かになった。また住所は，ホルボーンの南側，新聞街で有名なフリートストリートから直ぐ南に入ったところになる。
　余談だが，ソールズベリースクエアは先の印刷図書館と教会を隔てた西側にあり，何と筆者はその教会の庭で昼食－－周知のとおり，英国名物のサンドイッチである－－を幾度かとったことがあった。まさか，その目と鼻の先が彼の，おそらくは出生地であったとは，偶然と言えば偶然だが，何と奇妙な縁であろうか。ただ，現在は，1989年に同地が整備されてしまったため，近代的なビルの一角に昔の面影を残す建物があるだけとなっている。そして先の教会こそ，彼の父Ｔ．Ｃ．ハンサードが葬られたセント・ブライド教会なのである。とはいえ，もちろん記録のために写真を撮っておくことを忘れなかった。
　さて，この確認調査と並行して，やはりトンプソン女史に紹介されたナショナル・レジスター・オブ・アーカイブズ（ＮＲＡ）を訪れたところ，また次の発見に出くわすことになる。それは，ハウス・オブ・ローズ・レコード・オフィス（ＨＬＲＯ）に「ハンサード・ペーパー」なるものが，またイングランド南部・ハンプシャーにあるサザンプトン大学ハートレー図書館に一族の末裔ジョン・ヘンリー・ハンサードが多くの関係記録を寄贈していることが分かったからだ。これらの検索は同館のコンピュータで「Ａ．Ｗ．ハンサード」と打ち込んでもでて来ず，「祖父名」と「父名」からはじき出された中から見つけ出したものだ。アーカイビストのアドバイスは，「まずは連絡先を教えてあげるから，前者はアポをとってから行った方がいい。後者は遠いから手紙を書いてからでも（行くのは），遅くはない」－－早速，これに従うことにしたのは言うまでもない。
　想像したとおり，ＨＬＲＯとはウェストミンスターの，あのビッグベンで有名な英国国会議事堂の建物の中にある上院公文書部である。従ってアポがなければ，絶対に入れないところだし，こういうのがまたひとつの楽しみにもなってくる。他の公立公文書館と違い，パスを付けてセキュリティブースをとおり，さらに内部までエスコートがつくという厳重なところ。思わぬ体験に喜んでしまう……。
　それはともかく，ＨＬＲＯでは，トーマス・カーソン・ジュニア所有のものを1972年ハケット夫人から買い入れたというハンサード・ペーパー（Hist.Coll.105, 1842-90 1030 items, HLRO No.82 ）のファイルをめくり，この時点では判明していたただ一人のハンサードの子供，マリー・エリザベスがジュニア，すなわち叔父さんに宛てた手紙，その返事などといったプライベートな書簡が含まれていることを発見できた６）。これで，同部アーカイビスト，ジョンソン・モルガン氏の「45歳の子供は普通では珍しいから，ジュニアの子供かも知れない」という疑問－－確かにこの時までではジュニアの姓没年がはっきりせず，筆者自身も彼同様どちらか判断しにくかったが，それが見事に晴らされたことになる。もしこの書簡がなければ，ジュニアが1821年に17，18歳であることが分かった後でも，後日の新事実が判明されない限り，彼の子供である可能性も残ったわけだから。また，多少複雑なことに，父トーマス・カーソンは最初の妻であるアンと死別した直後の1812年，その妹と再婚しており，それがアルバート・ウィリアムの母マリーとなるわけである。こうして，ようやくトンプソン女史の調査報告の裏付けが完了したことになる。

　徹底的に周りを攻める
　サザンプトン大学図書館からの回答が来るまで，調査を中断して待っているわけにはいかない。
　その間に，ハンサード自身のことが記述されているものを見つけ出さなければならない。しかし，ここまでお読みいただいた方は，そういうもの自体が存在するとはほとんど考えられないことに気付いていると思う。従って，次の方法とは，例えてみれば城の本丸を攻めるためには堀を埋めていく，言い換えれば「（アルバート・ウィリアム・ハンサードの）周辺を徹底的に調べろ」ということになる。
　それでは何か。また最初に戻ることになる７）。まず考えられるのは，現代に限らず，新聞の死亡欄はこうした場合非常に有効な情報をもたらしてくれることが少なくない。特に新聞ジャーナリズムの初期，人の誕生・結婚・死亡は重要なニュースであった。著名人であれば，なおさらだ。まして『タイムズ』の追悼記事（obituary）は権威がある。既にハンサードの死亡年月日が判明しているから，前よりは容易になった。幸い，ギルドホール図書館には『タイムズ』の同欄だけをマイクロ化したものがあり，ここから同紙の1865年５月９日号の１頁の「死亡欄」にハンサードの名があることを発見。が，むろん追悼記事はなく，確認作業にとどまった。余り期待していたわけではなかったので，ショックも少なかった。
　となれば，いよいよ父や祖父，叔父そしてハンサード家についての記録を紐解くしかない。やはり，父トーマス・カーソンと創業者である祖父ルーク，そしてハンサード家について述べておかねばならないだろう。祖父のルークについては，自伝や書物が少なくない。最近も彼の日記が出版されている８）。前記した伝記と関係文献から，以下おおよそハンサード家について述べておこう。
　「Hand」と「knife 」に由来するハンサード家は，12世紀後半からロンドンの南，サリーとサセックス周辺の土地を所有していた一族の名前にさかのぼる。ノーウィッチ出身の祖父ルークは地元のＳ．ホワイトのところに印刷見習いの徒弟として入門し，わずか１ギニーを持ってロンドンに出てくる。そこでジョン・ヒューズ（1703-71）の印刷工場に植字工として雇われ，弱冠22歳の時に下院の印刷を取り仕切る印刷支配人代理に昇格して『下院ジャーナル』（Journal of the House of Commons ）などの印刷を手掛けた。ヒューズの死後，1799年には同業の経営権を獲得。２人の息子，長男のトーマス・カーソンではなく，ジェームズとルーク・グレイブスとともに，増加する一方の議会印刷をこなすために，いまはミュージカル「キャッツ」で一躍有名になった劇場があるホルボーンのパーカーストリートに「ルーク・ハンサード＆サンズ」社を興し，1828年に死ぬまで勤勉実直に働いた。彼はまた，赤色と黒色を同時の版型で行うといった印刷技術の改良にも骨身を惜しまなかったという。８万ポンド以上の遺産を残したルークは，いわば立身出世の典型的な成功者であったが　），それが，印刷業ハンサード家の名を世に残すことになったのである。
　では，なぜ，Ａ．Ｗ．ハンサードの父，トーマス・カーソンはルークの後を継がなかったのだろうか。

　父，トーマス・カーソン・ハンサード
　Ｔ．Ｃ．ハンサードは1776年11月６日，前述のとおりルーク・ハンサードの長男としてロンドンで生まれた。彼は，２人の弟が父の下に印刷工見習いの徒弟に入ったとはやや異なった人生を歩んだようだ。というのは，14歳の時からヘンリー・ヒューズの工場に印刷修業に出て，７年の年期があけると一旦は父のところに戻って働いたが，1805年，ピーターボローコートにあったリッカビィの印刷工場を継ぐことで，独立してしまったのである。これだけでも当時の慣習にそぐわないケースになるのだが，その前に，97年11月年期があけた翌年に結婚したこと，その妻アンが６歳年上であった事実も一般的ではなかった。「賢く，独立心が旺盛な若者に成長するだろう」という親方ヒューズの見方は決し間違ってはいなかったようだが，それはまた，彼がハンサード家にとっては徐々に「トラブルメーカー」的な存在になっていくことを予見していたのかも知れない。
　トーマス・ハンサードは，当時の気鋭な新聞人ウィリアム・コーベット（William Cobbett, 1763-1835)に魅力を感じるようになり，彼の『ポリティカル・レジスター』創刊時からその印刷業務を任された。ところが，それが災いしたといおうか，1809年にコーベットが起こした筆過事件に連座して責任を追及され，翌年３か月の禁固と400ポンドの罰金刑に服さなければならなかった９）。続いて，周囲の反対を押し切って結婚した妻アンとの死別が待っていた。この事件については，父ルークはどう思っていたのだろうか。
　それでも，1803年から請け負っていた議事録の印刷は順調で，経営的にも成功を収める。その証拠が1829年から「ハンサードの国会議事録 ( Handard's Parliamentary Debates )１０）いう冠名で有名になったことだろう。1828年ルークが世を去り，彼の印刷事業（いわばハンサード家の正統派につながる）を継いだのはジェームズとルーク・グレイブスであった。が，議事録の印刷はトーマスが続けており，それが実は今日語られる「ハンサード」の由来といってもよいだろう。むろん，トーマスの努力と仕事ぶりがそうした名を残すことにつながったのである。そして，1813年生まれで父の名を継いだ長男，すなわちアルバートの兄にあたるＴ．Ｃ．ハンサード・ジュニアは，23年に新築した「パターノスター・ロープレス」社を父とともに発展させ，75歳まで守りとおした。全くの私企業であったため，議会が４人の記者や諸費用などに年３千ポンドを払うようになったのはようやく1878年になってからのことである。ところが，それも数年で打ち切られることになってしまったからなのか，それとも迫り来る高齢に勝てずこここが引き際と考えたのだろうか，ジュニアは1889年，「ハンサード」の印刷権利を一切売却する。その結果，92年から「ハンサード」の冠ははずされてしまうが，いまもなお，依然としてその名は呼ばれ続けているのも，創草期から一世紀近くその事業に携わったハンサード家の功績によるものだろう。
　ところで，Ｔ．Ｃ．ハンサードの７歳下の弟ルーク・グレイブスの子供に印刷業から離れ，牧師になったセプティマス・コックス・ホームズ・ハンサードという男がいる。この男こそ，最初に引いた「パーマー・タイムズ・インデックス」に1865年前後しばしば登場するハンサードであった。まさかアルバート・ウィリアムと従兄弟であったとは気が付かなかった。にもかかわらず，依然として彼について記述する一行さえ見つけられなかった。ただひとつだけ，『ジェントルマンズ・マガジン』の1833年６月号に掲載された父トーマス・カーソンの「追悼記事」が「……息子トーマスほか幾人かの子供が残された」と結んであることに望みは託された。
　これらをようやく解明しかかったある日の朝，サザンプトン大学図書館から「彼についてどれくらい明らかになるかどうか分からないが，ハンサード文書の閲覧を許可するから，是非おとづれてください」との返事が届いた。

　やはり，自分の足を使わねば
　ハンサードの結婚場所から照会したトンプソン博士の返事は，誠に期待以上の成果だった。博士のご好意に感謝すると同時に，こうしたことは希なことであると肝に銘じなければならない。従って，博士の報告を信用しないという訳ではなく，前半部で記述したように，やはり自分自身での確認も必ず必要であるからだ。
　「数日後」―今回は金曜日の午前に手紙をもらい，午後にアポをとり，月曜日にサザンプトン大学の図書館を訪問したのだから，間違いなく「最短時間での行動」と言えるが……，ＢＲのウォルタールー駅から２時間のところにあるサザンプトン大学に足を運んだ。同図書館のアーカイビスト・特別資料主査のＣ．Ｍ．ウールガー博士からの手紙にあった「ＭＳ59　ハンサード家ペーパー」の中からアルバート・ウィリアムに関するものを見つけ出さなければ，行った意味がない。資料閲覧は１回につき３点まで，それもカギのかかった重苦しい雰囲気の部屋で，時間は限られている。おおよその見当を付けておく必要がある。ここまでに入手した同ペーパーの内容から，いくつかの文書ファイルをまず見ることにした。
　結果は，やはり行ったかいがあった。いくつかのハンサード家の家系図の中に，不鮮明ではあるが，明らかにアルバート・ウィリアムがＴ．Ｃ．ハンサードの次男であり，その他に２人の姉妹がいたことが判読できたからだ（図１参照）。さらに，Ａ．Ｗ．ハンサードと妻エリザベス（旧姓・パーシバル）との間には，ロンドンで生まれたマリー・エリザベスの他に，２人の男の子がいたことまでも判明。記されたこの２人の生年から推測すると，彼らがニュージーランドへ移住したあとに生まれたようだ。
　ところが，こうなると，予想以上の発見だけに満足せず，飽きたらなくなるのが知的欲求なのだろうか。残念に思うことが２件も出て来た。ひとつは，このことと併せて，Ａ．Ｗ．ハンサードの叔父にあたるジェームズの長男，すなわち彼の従兄弟であるルーク・ジェームズの長男の家系がニュージーランドへ移住している事実が同文書から浮かびあがり，もしかするとこの辺りから彼のニュージランド移住の動機が出てくるのではないかと推測したにもかかわらず，ついに発見できなかったこと。そして，同図書館へは都合二度足を運び，私信にはじまり日記，帳簿そして不動産評価などを閲覧し，彼自身の印刷修業について記述された文書がでてくるかとの甘い予測が見事に裏切られ，これもまた何の手掛かりも得られなかったことである。
　そうこうしているうちに，はたと気が付いた。既にハンサードの生まれた年月日，住所，そして娘エリザベスも同じく判明しているのだから，最初に行った調査，すなわち当時の住民票のマイクロに該当するものがないのだろうかということである。もう一度ビクトリア図書館へ行ってみようと思い立ったのは，帰国一週間程前の日のことである。結局，目指すものは発見できなかったが，1800年までのロンドンの印刷所と徒弟の年期あけなどを編纂した D.F. McKenzie ed., Stationers' Apprentices, 1701-1800 (Oxford: Oxford Bibliographical Society, 1978）なる書物を見つけたのである。祖父と父ハンサードの名はあるが，時代が早すぎる。そしていわば同書の続編にあたる William B.Todd comp., A Directory of Printers and Others in Allied Trades London and Vicinity 1800-1840 (London: Printing Historical Society, 1972）を探しだすと，ハンサード家の主要な印刷人はすべて記載されてはいるが，Ａ．Ｗ．ハンサードの名はない。
　これまで分かった事実から，改めて推測すると，
　「アルバート・ウィリアム・ハンサードは間違いなく英国のどこかで印刷修業をしている。おそらくそれは1830，40年代のことであり，しかも1833年に父親が亡くなっていることもあり，一番近い筋ならば長男のジュニアのところ，しかし兄弟関係が不仲であれば次に近い縁者で印刷業についている父の兄弟，すなわちハンサード家を継いだジェームズかルーク・グレイブスのところではないか。ニュージーランドへの移住後ではまずないであろうから，必ずどこかに残された記録があるはずだ……」と。早速，この推測を印刷図書館のＮ．ロッホ氏に向けると，賛同を得て「それならば，結婚以前の７年間（当時の徒弟修業・見習いの期間，そして通常独身で修業を積み，年期あけで結婚すると一人前とみなされた），おそらく1835年から42年頃の間であろう」というアドバイスを受け，さらに現在，前述した書物の1800年以降を編纂している王立印刷局のロビン・マイヤーズ女史（ルーク・ハンサードについての著書もあるから，名前だけは知っていた。注８参照）を紹介していただいた。
　再び，照会文書の発送である。同封する資料が最初と比べて中身も濃くなり，自然枚数も増えたのは喜ばしい。頂上は近いと期待が高まる。が，得てしてこういう時は，期待が外れるとショックも大きいことを覚悟しておかなければならない。
　果たして，英国を去る日までに期待する返事がもらえるかどうか。

　余　話①
　ところで，この英人新聞発行者Ａ．Ｗ．ハンサードを追跡調査しながら，もしかすると同じように，日本の近代ジャーナリズムに彼以上の貢献をしたと賞されるジョン・レディ・ブラック（ハンサードの『ジャパン・ヘラルド』を継承したあと，『ジャパン・ガゼット』，報字紙『日新真事誌』などを創刊。『ヤング・ジャパン』の著者）の未詳の部分についても調べられのではないかと思い始めたのは，ハンサードの結婚年を探りだし証明書を入手，そこからさらに先への追跡を開始した頃であった。
　ハンサード追跡と並行しながら，ブラックの子供の生年時から逆算して，再びＯＰＣＳでインデックスを十年近く引っ張り出しては入れる作業を続けた。その結果，「1853年11月10日，ケント州ダートフォードの教会でエリザベス・シャーロッテ（旧姓・ベンウェル）と結婚している」事実が，そして父と同名の次男の出生届けが1867年７月13日，神奈川の英国総領事館に出されていることが明かとなった。次男ブラックの出生は1867年４月６日，横浜であり，父Ｊ．Ｒ．ブラックの職業欄には「競売人」（auctioner ）と記されている。　結婚証明書によれば、ブラックの父もまた彼と同名で，職業は海軍大尉，花嫁の父ヘンリー・ベンウェルも海軍軍医と記載されている。従って，後年しばしば引用されている「（ブラックは）少年時代の教育をロンドンのクライスツ・ホスピタルで受け，のちブルーコート・スクールを出て，彼の家代々の慣習により海軍士官となった」（太田原在文『十大先覚記者伝』大阪毎日新聞社，大正五年刊）の後半の一部は事実であると言えよう。　ところが前半部にある，クライスツ・ホスピタルとブルーコートスクールの関係がいまひとつ不鮮明である。実はこれは「ブルーコートスクールとして有名なクライスツホスピタル」（制服の色から来ている）と正さなければならない。また，ギルドホール図書館に所蔵されている同校の記録を調べた限り，（言われているとおり，正しければ）1827年生まれの彼が教育を受けたと思われる1830，40年代にその名前は見当たらなかった。ただし，この記録はロンドンのものだけなので，当時60以上同校をモデルにしたブルーコートと呼ばれる学校があったというから，そちらの方の可能性もなくはないが，いずれにしても今後こうした孫引き引用は避けた方が無難である。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　三　）

　期待はむなし
　10月上旬，一時帰国した私の手元に届いたマイヤーさんからの手紙の内容は，「やはり……」ということだった。残念ながら彼女の知り得る限りでも，ハンサードの記録またはイギリスの印刷史の中にアルバート・ウィリアムの名は記録されていなかったそうである。　世の中そう事はうまく運ばないと思っていたが，やはりまだまだツメが甘いということか。
　そして私は，それよりももっと重要なことを忘れていたのに驚かなければならなかった。というのは，Ａ．Ｗ．ハンサードについては，十数年前にオークランド公立図書館とウェリントンのアレクサンダー・ターンボール図書館に調査依頼した際に判明した事実関係の一部をすっかり忘れていたのだ。その一部とは，「彼の最愛の妻，“ジェーン”は４月1-2日付けで亡くなった。享年42歳」という地元『サザン・クロス』紙の死亡記事である（1857年４月３日号）。
　さあ，これで問題はまたまた複雑になった。見た瞬間，真っ青になった。これは前回書いたように，サザンプトン大学所蔵の史料により，長女マリー・エリザベス以外の２人の息子が移住先のニュージーランドで生まれた事実までも明らかになったのはよいのだが，両人ともビショップスストートフォードで挙式した（パーシバル）・エリザベスとの間の子だと疑いすらしなかった。それが一挙に怪しくなってしまったからだ。何よりも，（一）の冒頭で書いたノンフィクション風の物語は，事実フィクションになってしまったのから，笑うに笑えない。その時，マリー・エリザベスはハンサードと一緒にはいなかった可能性が出て来たのだ。ジェーンとは現地妻だったのか？
　そうこうしているうちに，次の地シドニーに行く日が迫ってきたため，とりあえず，この件は半球を越えた，そしてイギリスから一番遠い「ダウンアンダーの国」，オーストラリアのシドニーの日々に託すことにした。
　シドニーはロンドンと違って，かつての留学先であり，シドニー大学のフィッシャー図書館，ニューサウスウェールズ（ＮＳＷ）大学図書館，そして『ジャパン・メール』創刊号を発見したＮＳＷ州立図書館は懐かしくもあり，またよく知っている，というより熟知しているところである。それでも十年の年月は，図書や雑誌の検索方法のコンピュータ化からマイクロ，コピー機の大量導入など，そして州立図書館には新館ができたように幾つも目新しいものがある。ともかく，今度は別の研究と同時並行で，この英人ハンサードを追わなければならなくなった。場合によっては，またオークランドへ飛ばなければと思いつつ，しかし，オーストラリアであればかなりニュージーランドのことも調査出来るのではと期待しつつ，カンガルーマークが鮮やかなカンタス便に乗ったのは日本のさわやかな秋が始まった頃である。

　ハンサードは何人いる？　記録，新聞記事はどこまで信じられるか
　まず，驚いたのは，やはりかつての本国であった関係からか，大学図書館にはハンサード関係の主要な文献がほとんどあったことだ。「これでは，ロンドンで時間を費やしてせっせと書き写さなくともよかったな」と複雑な心境でコピーをとることから，シドニーでの追跡調査がまず始まった。
　とは言っても，新しいものが直ぐに出てきたわけではない。
　これまでの事実関係を洗い直すために，既にロンドンを去るときお礼の意味も込めてハンサードと彼の家族についての調査記録を関係各所に報告して来たが，それと私のこれまで日本で入手したものとをもう一度照らし会わせた年譜を作った（表１参照）。
　これで戦略，つまりどこに焦点をしぼって調査するかを立案してみた。むろん，進展状況によっては変更もありうることを前提にである。英国での追跡を除けば，再度の言及になるがこれまでの調査からも，第一に彼はオークランドへいつ来たか（いつ母国を離れたか），そして第二にいつオークランドを離れて日本に向かったのか。第三は，これが最大の難題である何故母国を離れたのかという理由（何故ニュージーランドへ，そして日本に来たのか）が判明されなければならない。『サザンクロス』の発行にはまず関与していなかったであろうという，これまでの調査結果からの判断を踏まえて，ここから再スタートである。
　第一の点を解明するためのひとつの手掛かりは，ハンサードが1861年６月には長崎で新聞を発行している事実である。彼がその時，長崎の外国人居留地にいたことは否定しようがない。従って，オークランドを離れたのは，ニュージーランド保険会社の秘書（現在でいうと，総務・事務局長的な役職であろう）を辞めた1860年８月以降遅くとも翌年５月までの間であろうと思われた。しかし，同時期オークランド発の外国船（上海と仮想）乗客名簿に彼の名はなかった１１）。文書での辞職願いに先立ち既に同地を離れていたのではとも考えられるから，遡ってみたが見当たらない。とすれば，彼は当時ニュージーランドとともに英領植民地であり，交通網も緊密だったオーストラリア経由でアジアに向かったのではないかという仮想が成り立つ。そこで当時のＮＳＷ植民地の代表紙『シドニー・モーニング・ヘラルド』の「船舶情報」のマイクロを見て，オークランド発シドニー着の船と乗客をリストアップしても彼の名はない。一応東側の港への入船も調べたが，結果は同じであった。ただ気掛かりなのは，いくつも「乗客６人」というようなリストになっているものがあり，「もしやこの中に……」という思いは残った１２）。
　とはいえ，これは少し空回りだったかも知れない。やはり，正攻法でいく方がいい。
　シドニーにロックスという，入植当初に流刑囚の監獄があり，いまは一大観光名所になっているところがある。あの貝の形のオペラハウスが目の前に見えるサーキュラーキーの西側にある。直ぐ前にはハーバーブリッジが空を跨ぐようにたっているところだ。その一角におそらくは観光客は誰も気がつかないであろうが，ＮＳＷ州立アーカイブズの建物がある。まだ，シドニー経由，場合によってはニュージーランド移住もオーストラリア経由だったのではとこだわりつつ，ここを尋ねた。アーカイビストの説明によれば，1853年までのオーストラリア移住者は一人ひとりカードでリスト化してあり，それ以降は「インワード」の船舶マイクロ１３）の該当年をみればよいのではというものだった。
　そして，リスト化されたカードには目指す「ハンサード」の名は３枚もあった。しかし，うち２名は同一人物らしくイニシャルも「Ｊ．Ｔ．」であり，いずれも1841，42年の到着であるため，やや違うのではと疑問を投げかけた１４）。最大の理由は，ハンサードは1843年に母国で結婚式を挙げているからである。アーカイビストは「来てまた戻って，結婚したのでは」との答えだったが，さてそうだろうか。当時の航海が３，４か月もかかるところから見ても，そう簡単に戻ったとは思えないが……

　やはり，新聞がものをいう
　こうして再び，ハンサードの名が現れては喜び，その先を調べて失望するということの繰り返しが始まった。そして，やはり当時の新聞，すなわちハンサードが関係してはいなかったが，1850年代後半頻繁に営業広告を掲げていた『サザン・クロス』のマイクロと原紙を見なければならないと思い始めるようになった。同紙は幸いＮＳＷ州立図書館のミッチェル・ライブラリーに1843-55，1859-61年分があることが分かっていた。かなりの部分が彼のニュージランド在住期間と重複しているのも大助かりだった。原紙を除けば，ロンドン郊外のキューにある外交文書館（Pubulic Record Office ）のマイクロ文書の一部である１５）。あまり乗り気でなかったのは，イギリスでもそうだがマイクロリーダー機が旧式で読み取りや倍率で使いにくいうえ，壊れているものが多いからである。あたりはずれがあり，マイクロコピーの機械も（日本製のものが多いが），メンテナンスが悪く，数も少ないから，言わば早い者勝ち。研究者をはじめ，結構調べにきている人が多いから競争になる。
　まあ，それはともかく，『サザン・クロス』を丹念に調べ始めると，今度は意外な事実が次々と浮かびあがった。
　まず，彼の営業広告の最初と思われるものは，1849年１月15日号に掲載されていたのだ。裁判所記録から1850年にはオークランドにいたことは分かっていたが，予想より随分早い時期からいたわけである。ところが，その数か月間前の同紙の「船舶情報」欄を見ても，外国からの乗客名簿に彼の名は見当たらない。そのため，ここから年代を下ることにした。そしてひととおり，彼の二男が生まれたところまでで発見した事実を，年譜に付け加えた。とくに出生・死亡・結婚欄，彼の名が出ている広告，記事などに注目した。長男の出生日は判明したが，二男の方は記事になっていなかったし，もし57年に亡くなった「妻」がいたなら，結婚は長男出生の一，二年前という予測も大きくはずれ，該当する結婚記事はなかった。
　しかし，これまで分かっていた，彼が関係したと思われる「オークランド土地協会」については既に1852年から，また「オークランド捕鯨協会」あるいは「オークランド・メキャニクス・インスティチュート」（ＡＭＩ）の秘書格の肩書きで，自業の不動産広告とは別にしばしば広告・案内を出している。中でも，ＡＭＩが50年４月から始めた新講座のひとつ「印刷史・印刷実学」の講師に彼の名があげられている発見は，ハンサードが推測される彼の経歴からして，わずかばかりだが明るい舞台にたった事実があったことをにおわす大きな手掛かりと言えた。
　そして，新事実発見の可能性は少ないと思ったが，念のため今度は最初の広告から逆に遡ってみると，そこに何と彼の名前が出て来たのである。
　『サザンクロス』1849年４月21日付「船舶情報」によれば，ハンサードという人物が「４月18日入港，ロンドン発ウェリントン経由ララ・ルークー号（ヘインズ船長）」に他の７人とともに三等船客で到着している。「子供１人」とあるのは，長女マリー・エリザベスであろうか。
　ここまでに完成した彼の年譜を眺めると，彼がオークランドに到着した1849年４月から，１年以上の空白があるにしても1860年８月までのおおよその活動が分かるだろう。しかし，妻「ジェーン」の死亡記事，そしてアルバートとアーサーの母親は彼女なのか。もしそうならば先妻はどうなってしまったのか。随分進展したようだが，またその分疑問が増えてしまった。この新しい疑問を解決する方法は，英国のＯＰＣＳでの経験を生かすことにした。すなわち，ニュージーランドでもＯＰＣＳのような機関があり，そこで証明書を入手できるのでは，しかし，どこで，どのようにかが問題である。これは文献，情報探索の基本的な第一歩であるが，こと外国となると，案外手間取るものだ。
　そこで尋ねたのが，ＮＳＷ図書館にある「ファミリーツリーセクション」－－言ってみれば，家系，ルーツを探る手助けの資料があり，専門の担当者がいる１６）。ここで，ニュージーランドの古い出生，死亡，結婚のマイクロフィッシュを見つけ，ＯＰＣＳのようにファイル番号を調べることができた。そのうえ，正確な年月日は不明であるがハンサードが結婚届けを出しいることも分かり，一挙に疑問点の解決は加速した。シドニーのニュージランド領事館でこの申請ができると聞いたときは舞い上がった。この点については，一時帰国の際，東京のニュージーランド大使館に聞いてみたが，結局正確なところは分からなかったからだ。
　で，喜ぶとまたひとつ，オチがある。早速在シドニーのニュージランド領事館へ行きこの件を申請すると，やはり古すぎるから自分で直接該当機関の戸籍局へコンタクトするよう言われてしまった。てっきり代理申請ができると思い込んだのがいけない。まあ，初めはそうするつもりで，文書まで用意したのだから仕方がないと思いつつも，割り切れない気持ちが残った。入手ま２～３週間かかるという。最後の手段は，現在オークランドに住んでいる「ハンサード」という名の人全てに照会の手紙を出そうとも考え，図書館で電話帳を調べ，計四人の「ハンサード」さんの住所を控えた。

　再び，確認作業の日々
　ようやく，目標に掲げた第一の半分が分かった。ミッチェル・ライブラリーで『サザン・クロス』紙のバックナンバーのある限り，遡ってみたが彼の名前は見当たらない。すなわち，1849年４月18日にハンサードが初めてニュージーランドに上陸したことにほぼ間違いないだろう。しかし，見落としがあるかも知れないし，ウェリントン経由というのも気になる。そこで，到着日より数か月遡って『タイムズ』の「船舶情報」に載っていれば，ロンドンからの乗船であることが証明できる。こういう時は，もと英国領土は便利である。大学図書館にも『タイムズ』と索引は備わっているのだから。またまた『タイムズ』のお世話になることになった。
　そして，証明書の入手は新聞記事での確認作業と，母子関係，ハンサードの再婚の事実を教えてくれるであろう。これが来るまでに，あまり期待はしないが（こう言うと，どうも弱きのように聞こえるが，何せハズレの時のショックを少しでも和らげたいので，どうしてもそうなってしまう），先年『ニュージーランドプレスの成立』１７）を記したパトリック・デイ氏（ワイカト大学，社会学・社会人類学上級講師）に，アルバート・ウィリアム・ハンサードという英国人が，初期のニュージーランド新聞界に何らかの足跡を残したかの照会文書を出した。彼の著書は，おそらく唯一ニュージーランドの新聞史をまとめたＧ・Ｈ・ショールフィールドの『ニュージランドの新聞』（1958年）に続く学術文献であり，とくに『サザン・クロス』について詳細に調べているからだ。
　さてこの回答が来る間に，さらにいくつかの事実が判明した。
　前述したように，『タイムズ』の「船舶ニュース」をめくれば，ハンサードの乗ったオークランド行きの「ララ・ルークー号」と，さらに横浜から帰英する時に乗船したと思われる「エレノア号」（433・）について何か発見できるのではないかという考えがあった。この確認作業にはまる２日間，マイクロを見なければならなかった。この頃になると，フィッシャー・ライブラリーのマイクロ担当者らしき人たちも私の顔を覚え始め，ちょっとリールのいれ方に手間取っていると親切に手助けしてくれたり，気軽に挨拶をかけてくれるようになった。
　まず最初の「ララ・ルークー号」は1849年４月にオークランドに到着しているから，ロンドン出向は逆算して1848年11月頃から49年初めまでと推測し，２か月ごとに１リールとなっているマイクロを見る。現在の紙面建てとは違い，日によって「船舶ニュース」の載る頁は異なり，「冠婚葬祭」などの記事と違って目立たないから，見つけるだけでも一苦労する。さらに，細かい情報を見逃さないように見なければならないし，画質もいい状態でないのが多い。そして「ロンドン発」といっても，実際には「グレイブサンド港１８），1848年11月５日，日曜日」にオークランド行きの同じ船名を見つけた（The Times , 6 November, 1848,p.6)。オークランドまで４か月以上かかっている。同日は午前中晴れだったが，出発の頃は雨模様にかわっていた。
　一方，横浜からの帰英船は1865年７月末か８月初めの「エレノア号」ということから，同年暮れのリールを取りだし，やはり「グレイブセンド，12月７日午後７時半，モントリオール経由で到着」（The Times , 8 December, 1865,p.5）であることが判明した。ところが，最も肝心な乗船客名簿は両記事とも掲載されていない。前者はともかく，はたして本当にこれらの船にハンサード（と家族）が乗っていたのだろうかという不安は残るが，いずれにしても，一応彼の英国出発，帰国の年月日に最も近いであろう事実が，ここに明らかにされたのである。
　夏の南半球でも，もう赤い帽子と赤い服のサンタさんが町中を歩き回り，マーチプレースには大きなツリーが飾られる頃になっていた。

　文献探索の眼
　乗船客名については，オーストラリアが囚人を含めて，詳細なリストとマイクロを持つのに比べて，残念ながら，英国の方は19世紀半ばまでの部分は大方既に破棄されており，ごく一部が海事博物館の資料部などに保存されているだけである。従って，この線から公文書館資料の請求は困難だと思われていたが，ここまで具体的な事が分かれば，関係各所に照会状を送ってみるのもひとつの方法としてあらたにあがってきたと言えよう。
　もうひとつは，彼がオークランドで一度だけ，新聞の記事になったＡＭＩという団体についてである。このＡＭＩという団体は広告案内から，会員制のコミュニティカレッジのようなもので，定期講座以外にしばしば講演会を主催したり，図書館を整備して植民地人（当時）の教養の向上に貢献したであろうことがうかがい知れる。残念ながら，ニュージーランドの教育法が整備されたのは1870年以降であり，のちの専門学校に発展したものかとも推測されたが，それ以前のこうした記録は第二次資料の一般文献に頼る限りでは，その詳細を語ってくれるものは見当たらなかった１９）。
　ところが，ある日シドニー大学のフィッシャー・ライブラリーの最上階にある歴史の棚を見ていると，製本された「オークランド－ワイカト歴史協会」の『紀要』があるのが目にとまった。それまでもニュージーランドやオーストラリアの歴史関係の蔵書は見ていたし，コンピュータ検索も行っていたが，ひっかからなかった資料である。索引とバックナンバーを手掛かりに関係するような掲載論文を1989年まで見ていると，かなり以前だがオークランドの公立図書館の歴史を調べた論文があった２０）。それによると，ＡＭＩ現在のオークランド公立図書館の前身にあたる組織で，ある頁に1880年当時のＡＭＩの写真が掲載されている。ブロック建てではなく木造家屋で，何か寂しさのある感じがする。写真まであったのはよいが，肝心の50年代については，その前後は書かれているのものも記述がとんでいる。それは資料がないことを意味するのだろうか。それでも，また新しいコネクト先が現れた。歴史協会と公立図書館である。早速，照会文書を発送した。
　もし公立図書館にハンサードに関する資料が残っているとしても，十数年前の問い合わせ先が，実はかつてそのハンサードが事務を任され，講師として会員に印刷しと印刷学を教えたところであるとすれば，何たる皮肉と言おうか。それとも，偶然か。いずれにしても，そうした機構の重要な役方を任されたハンサードの能力の高さは，やはりロンドンでの生活水準を思い起こさせるのではないだろうか。
　それでは，ハンサードの名が公的に賞賛された唯一の出来事とは何なのか。1851年２月７日夜に開かれたＡＭＩ総会記事によれば，総会報告と議事がひととおり終わると，会長に選出されたウィリアム・スウェイソンが，ハンサードの卓越した仕事ぶりと過去１年間ＡＭＩの発展に尽くした功績をたたえ，時計を与えた。その時計には「この１年間事務局長として価値ある仕事ぶりを称えて。ＡＭＩからＷ．ハンサード氏へ」と刻まれていた。ハンサードはこれに対し，努力が認められたことを率直に喜び，ＡＭＩの益々の発展のために尽くす，と謝辞を述べた（Southern Cross , 10 January, 1851, pp.3-4)。
　これだけである。おそらく，後にも先にもこれだけである。ハンサードは自分が発行した英字新聞のなかで，ブラックとは違い，過去のことあるいは自分の身の上を語るようなことは決してなかったからである。

　余　話②
　ハンサード追跡のかたわら，オーストラリアへ研究先が転じてもＪ．Ｒ．ブラックについての調査も続けることにした。むしろ，彼はオーストラリアに移住しているので，その分これまでの英国での調査方法を生かす資料探索ができるのではという期待もなかったわけではない。
　そして見事，ブラックに関しては期待が現実となった。と言うのも，そもそも，ハートフォードシャーのトンプソン女史が発見してアドバイスしてくれた，ハンサードの洗礼年月日が記されているという原資料とおそらくは同種のInternational Genealogical Index（版年確認できず）と「英国人名録伝」（British Bibliographical Archive ）がＮＳＷ州立図書館にマイクロフィッシュの形であったからだ。
　それでも，ことはそう簡単ではない。この国際系図インデックスは，まず英国はスコットランドやイングランドなどに分かれ，さらに州別となっている。そして最初に姓と名（クリスチャンネームも含む）がでてくる。次の日付は出生，洗礼，結婚，死亡日だが人によりまちまちで，両親の名前がでてくるのもあれば，片親の場合や結婚相手名のこともある。出生は洗礼日の場合が多いが，まれに実際の誕生日が記載されていることもある。今回のブラックは，運のいい希な例であろう。そして洗礼（結婚式をあげた）教会，土地の名が続く。従って，同じ家系を探すことができることもあるが，結婚式をあげたところが生まれ故郷でないと載っていないことになる。そして，ブラックの出身のファイフシャーは，何と「ブラック」だけで1600年代からまで4,300人以上記録してある。
　以下は，概ね上述２資料と関連文献から作成したブラック家の人々である（表２参照）。　まず，Ｊ．Ｒ．ブラックはこれまで言われていた年２１）よりまる１年早い，1826年１月26日，英国ファイフシャーのダイサートで生まれた。出生地については，筆者が日本を離れている間に出版された『快楽亭ブラック』（講談社，1992年）の著者イアン・マッカーサーが捜し出している（同書，p.39）。父は彼と同名のジョン・レディ・ブラックで，ソフィア・キフィアーナ・ジュリアン（旧姓・ハーディス）２２）。1787年１月25日にダイサートで海軍軍人のジェームズ・ブラックと，グリゼル・レディ（彼女のつづりが Reddy）との間に生まれた父ジョン・レディは1797年二等水兵として英海軍に入り，黒海の守りについていた父が指揮する艦隊を振り出しに退役後も含めて1843年まで海軍に従事している。また，母の出身であるサセックス州のハーディス家でも，兄のジョージ・クラーク・ハーディスは２人の結婚当時，海軍大佐であった２３）。従って「代々海軍軍人……」といわれているのは，より一層正しいことになる。
　マッカーサーによれば，ブラックの両親はイングランド出身ということだが（前掲書，p.37），北のスコットランド出身の彼が，南のサセックス州，その一番南部のシーフォード（出身）のハーディス家のソフィアと結婚するのは，日本で言えば北海道出身の男性と九州の女性が結婚するようなものだから，やはり海軍という関係からか。疑問がなくはない。
　さて，その次男として生まれたジョン・レディ・ブラックは，上述したようにエリザベス・シャーロッテ（旧姓ベンウェル，父ヘンリー，母マリー。少なくとも４人の兄弟姉妹の長女）と結婚した。興味深いことにエリザベス・シャーロッテは1829年４月23日，グリニッジの聖アルペイジ教会で洗礼を受けているが，そこはブラックの父が結婚式をあげた場所でもある。この洗礼日を考えても，「ブラックの妻が年上であった」という話にはならないであろう。
　もうひとつの発見も記しておこう。ブラックはその後，南オーストラリア・アデレードに移住し，そこで長男のヘンリー・ジェームズ（のち，日本初の外国人落語家，快楽亭ブラック）が生まれたことはよく知られるようになったが，当時の個別登録を編年体でまとめた記録書Register Personal Notices ，Vol.1 1836 to 1859 (South Adelaide: Gould Books, 1989)から，1856年９月１日「29日，エンフィールドのジョン・Ｒ．ブラック夫人に長女誕生」とあり，翌年１月には「アニー」という名前が出され，その後死亡届けが出ている。これがもしジョン・レディ・ブラックの子であれば，ヘンリー・ジェームズは長男であることに変わりはないが，Ｊ．Ｒ．ブラックの２番目の子であることになる。
　ここまでは，経験がものをいったのか，比較的スムーズだったが，ひとつまたややこしい一件が出て来た。それは，ブラックの祖父にあたるジェームズ・ブラックは「西インド諸島で兵役中死亡したジェームズ・ブラック海軍大尉の兄弟で，1814年死亡したジョン・ブラック海軍大尉の甥である」という２４）。彼らを調べるには参った。ジェームズとかジョンとかは先のブラックのなかでも，圧倒的に多い名のひとつだからだ。ジェームズなどはファイフシャーのインデックスの中だけで360人近くもいる。それでも，ジェームズ，ウィリアムという名をもつブラック兄弟が海軍軍人名鑑にあったため，これを糸口にインデックスと悪戦苦闘の末，現在照会中ではあるが，ひとつの課題として提示しておく。
　もし彼らもジェームズの兄弟であれば，なおさら海軍軍人として由緒ある家柄を離れジョン・レディ・ブラックは南オーストラリアに渡ったのだろうか。それはまた，アルバート・ウィリアム・ハンサードの生き様を写しだすかも知れないからだ。
　19世紀半ばのロンドン，オークランド，アデレード，長崎，横浜－－彼らは一体何をもとめていたのだろうか。

　おわりに
　本稿は現在進行形の時系列でまとめてあるため，文章中記述が前後している箇所もある。まだいくつかの点につき照会中あるいは未確認の部分も含まれているので，引用されるときは，注意されたい。
　約半年間の調査で，最初につくったハンサード家の系図は随分変わったし，年譜の項目も増える一方でなく，修正も必要になった。最大の過ちは，国際系図インデックスの有用性を理解し英国でもっと執拗に入手しようとしなかったことと，ハンサードがニュージーランドで妻をもっていたことを失念していた二つである。この二つに気がついていれば，ロンドン滞在中に出来たことは多くあっただろう。後者はもっと早くからきちんと年譜を作成し手直しする心積もりをしておけばよかったが，これは基本を欠いたことだったと反省している。
　しかし，今回ひととおりまとめることで，これからの調査対象を明確化して，整理ができた。研究テーマにもよるだろうが，ひとつの事実を発見すると，ひとつの疑問がわき，それを解明するとまた別の疑問が生じる……。その一つひとつを確認することの繰り返しが，こうした研究の骨子であるとつくづく感じた。その意味でも，史・資料保存の重要性を十二分に感じるとともに，別掲の史・資料収集先の機関の方々にあらためて感謝する次第である。

　注

１）拙論「明治前期の英字紙と外人ジャーナリスト」『新聞研究』第349号（1980年8月）参照。

２）加藤節雄＝フォト・ジャーナリスト　1970年渡英以来，ロンドンに住み日本のマスコミに最新のヨーロッパ情報を送っている。1991年から『日英タイムズ』編集長。主著に『LONDON-LIFE STYLE 』（英友社），『イギリス生活事典』（白馬出版社）などがある。

３）N.Hayashi and P.Kornicki ed., Early Japanesebooks in Cambridge University Library: A Catalogue of the Aston, Satow and Von Siebold Collections .　University of Cambridge Oriental Publication, 1991.

４）「幕末・明治の英字紙史考」参照。また金井圓『お雇い外国人』（鹿島出版，1976年）に「ハンサードは，1867年に死亡した」（p.27）とあるのは，『国史文献解説続』の次の説明から出たと思われる。「……ハンサードは健康を害してイギリスへ帰ると，ブラックが所有主ともなる。のちブラックが商売で失敗し，1867年７月ジャパン・ヘラルドは競売に付された」（pp.433-34「ジャパン・ヘラルド」の項）。

５）Dr.Kathryn M.Thompson (Hertfordshire County Record Office Archivist), Letter,20 July, 1992.

６）Hist.Coll.105, 1842-90 1030 items, HLRO No.82.　H/9/1 ～H/9/5 (N.D., 27-11　　-1866 ほか）。いづれも，手紙の出だしは "Dear my Uncle"　"Dear my Niece" とある。

７）本来なら，（関係分野の）「人名録」「人名事典」「紳士録」「年鑑」 Who's who　などのレファレンス資料とも言うべき辞典文献類を最初にあたるのが正攻法だが，英国のDictionary of Nationalof Biography には祖父と父が掲載されているが，その中で彼についての記述はないことが判明しているため，ここでは触れていない。注８）参照。

８）R. Myers, ed. ,The Auto-biography of Luke Hansard written in 1817 .　Wakefield: The Fleece Press, 1991.　P. and G.Ford, Luke Graves Hansard's Diary 1814-41 (Oxford: Basil Blackwell, 1962).　Dictionary of National Biography 　(London: Smith, Elder & Co., 1890), vol.24, p.308.　"Obituary", Gentleman's Magazine , June, 1833, p.569.　Patrick Hanks and F.Hodges, 　A Dictionary of Surnames 　(Oxford UP, 1988)など。

９） Timperley, Dictionary of Printers and Printing 　(London: H.Johnson, 1839), p.839.　Myers, op.cit ., note 4 and 6, p.56.　E. Howe,　“The Hansard Family,”　Signature , no.6, p.27.

10）渡辺昭夫（監訳）『英国を知る辞典』（研究社出版，1988年，177頁）によれば，ハンサード＝国会議事録下院の議事進行を逐一報告する日刊議事録の略称（正式には，the Official Report of Parliamentary Debates )。由来→1774年に下院議事録を最初に印刷した Luke Hansard の名前から」とある。コーベットが1803年に始めた「議事録」の表紙に彼とともにＴ．Ｃ．ハンサードの名が初めて現れるのは1808年からである。この時はまだピーターボローコートに印刷所があった。発行所がパターノスターになるのは1824年から。また1828年に法改正があり，新たな議会報として競争紙 Mirror of Parliament が登場した背景は見逃せない。1943年，英議会は正式に「（ハンサード）」の略称名を再採用している。

11）Aallison Buchan, Letter , 30 May 1979.　89年現地調査，今回も『サザン・クロス』紙で確認ずみ。

12）　むろん，この間にコンピュータ検索で「ニュージーランドの歴史」にはじまり，「オークランド」「新聞」など考えつくキーワードで初期のニュージーランド本は徹底的に調べた。興味深かったことは，第１回から1848年までのイギリスからの移民船と乗客を調べたDarry McCarthy, THE FIRST FLEET OF AUCKLAND (Balmoral: Tower Publishing Associates, 1978)という本の最後に，「98％＋αの氏名を掲げてあるが，２％は行方不明と記されている」－－この「２％」にハンサードがいたのだろうかと案じたが、結果的にはのちのハンサード到着日の裏付けのひとつにもなった。

13）Inward＝これは外国からシドニーに入港した船の記録。基本的には船名，出発地，入港年月日，船長名，船員名（出身地）の記録であり，それらの横に乗客名が記入されている。推測年月には幾人か「ハンサード」に近い名前があったが，新聞記事と照合の結果，「Howard」あるいは「Hanswood」のような似た名前であった。

14）１枚は①「Hansard, Mr./ Per Suzan/ Arr.25.3.1841」，もう２枚は同一人物らしく，②「Hansard,(Esq.) J. T. Surgen Supt/ per Lalla Rookh/ Arr.26.12.1841 」，③「Hansard, Dr. J.T./ Per×××××（船名判読不可，のちPerseveraceと判明）/Arr.26.18.1842 」とあった。念のため，２人については，追跡調査を行った。スーザン号というのは，原簿のマイクロから実は「スーサン（Susan)号」であり，ハンサードのフルネームはネスター・ハンサード，出身ブリストルなどと詳細に記入されてはいるが，どうも見当違いの人物である。またもうひとりのＪ．Ｔ．ハンサードについても，②の乗客名簿には該当者は記載されておらず，さらに③の判読不能の船名については到着年月日，年にはなかった。ただし，これは政府助成の奨励移民者リストであったため，さらに該当ファイルをめくることにした。
　Ｊ．Ｔ．ハンサードは当時の船舶リストによれば，「ララ・ルークー号」に乗船した203人の移民団の団長・軍医だったようである。また『ジ・オーストラリアン』（現在あるのとは別，1827-43年）には少なくとも二度「ハンサード」の名が現れているが，いずれも後者の軍医ハンサードらしい。

15）Southern Cross , PRO 1497-1502.

16）ただし，注意しなければいけないのは，相手を選ぶこと。土・日のような時は，アルバイトがいたりしてその知識とアドバイスは，専門の担当者と比べると数段低い者がいる。

17）Patrick Day, The Making of the New Zealand Press: A Study of the Organization and Political Concerns of New Zealand Newspaper Controllers 1840-1880 (Wellington: Victoria University Press,1990).

18）Gravesend ＝イングランド・ケント州テムズ川沿いにある港。ロンドンと言っても　　間違いではないだろう。

19）　Ian Cumming, Glorious Enterprise: The History of the Auckland Education Board 1857-1957 (Christchurch: Whitecomb & Tombs Ltd., 1959)によれば，ＡＭＩは「1875年公立図書館法で援助した図書購入支出リストにあがっているが，1880年にはもうない」（pp.155-56)が，1857年３月12日に記念すべきオークランド教育委員会の初会合が開かれた場所として引用されている（p.698)。

20）W.Colgan, "Auckalnd Public Library－Towards a History," Journal of the Auckaland Historical Society , No.5 (October 1964), pp.3-11.

21）G.Fox, "Introduction" of Young Japan (Oxford University Press, 1968)

22）Ｊ．Ｒ．ブラックの父の結婚日が，『英国人名録伝』では「1818年７月22日（場所未記入）」（出典＝M.F.Conolly, Biographical Dictionary of Eminent Men of Fife ,1866)，国際系図インデックスでは「５月22日」となっているように多少の違いは見られるが，ブラックの父母であることはまず間違いないであろう。現在照会中。

23）W.R. O'Byrne, A Naval Biographical Dictionary (1847, facsim, 1990), p.557.

24）Ibid ., p.85.　またＳＭＨ　を調査中，1861年１月15日シドニー発ロンドン向けジェイソン（Jason）号（876・，スチュアート船長）の乗船名簿に「Misses Black(2), J.Black, W.Black」とあるのは興味深い。SMH , Jan.11 and 16, 1861.

＜主な公文書館、図書館＞
［英国］
・Archives and Local History Department, Marylebone Library, MaryleboneRoad, London NW1 5PS　?
・Archives and Local History Department, Victoria Library, 160 Buckingham Palace Road, London, SW1W 9UD　
・Greater London Record Office and History Library, 40 Northampton Road, London EC1R 0HB　
・Guildhall Library, Aldermanbury, London EC2P 2EJ　
・House of Lords Record Offiice (HLRO), House of Lords, London SW1A 0PW
・National Register of Archives (NRA), Quality House, Quality Court, Chancery Lane, London WC2A 1HP　
・Office of Population, Censuses & Surveys (OPCS) General Register Office, St.Catherines House, 10 Kingsway, London, WC2B, 6JP.　　※別宛てで郵便による調査依頼なども出来る
・St Bride Printing Library, St Bride Institute, Bride Lane, London EC4Y 8EE

［オーストラリア］
・State Library of NSW and Mitchell Library,Macquarie Street, Sydney NSW 2000

［ニュージーランド］
・Auckland Public Library, NZ and Pacific Section,PO Box 4138 Auckland
・Alexander Turnball Library 　 PO Box 12349 Wellington
・National Archives of New Zeland 　　PO Box 6148 Wellington
・Registrar-General Office Private Bag Lower Hutt, Levin House, Wellington

［ＭＡＮＵＳＣＲＩＰＴＳ］
　“Ｈａｎｓａｒｄ　Ｐａｐｅｒｓ”［Ｈｉｓ．Ｃｏｌｌ．１０５，　Ｔｈｏｍａｓ　Ｃｕｒｓｏｎ　Ｈａｎｓａｒｄ（１８４２－９０），１０３０　ｉｔｅｍｓ．］，　ＨＬＲＯ
　　Ｈ／９／１　Ｃｏｐｙ　ｏｆ　ａ　ｌｅｔｔｅｒ　ｆｒｏｍ　Ｔ．Ｃ．Ｈａｎｓａｒｄ　ｔｏ　ｈｉｓ　ｎｉｅｃｅ　ｒｅ　ｔｈｅ　ｄｅａｔｈ　ｏｆ　ｈｅｒ　ｆａｔｈｅｒ　Ｎ．Ｄ．
　　Ｈ／９／２　Ｄｒａｆｔ　ｃｏｐｙ　ｏｆ　ａｎｓｗｅｒ　ｔｏ　Ｍｉｓｓ　Ｈａｎｓａｒｄ　ｌｅｔｔｅｒ　２７－１１－１８６６　
　　Ｈ／９／３　Ｃｏｐｙ　ｏｆ　ｌｅｔｔｅｒ　ｔｏ　Ｍｒｓ．Ｗａｔｋｉｎｓ，　ｈｉｓ　ｎｉｅｃｅ　１４－６－１８８２
　　Ｈ／９／４　Ｌｅｔｔｅｒ　ｆｒｏｍ　Ｍｒｓ．　Ｗａｔｋｉｎｓ　ｔｏ　Ｔ．Ｃ．Ｈａｎｓａｒｄ　２３－１２－１８８２　
　　Ｈ／９／５　Ｍｅｍｏ　ｏｆ　ｒｅｐｌｙ　ｔｏ　Ｈ／９／５　　２７－１２－１８８２
　“Ｈａｎｓａｒｄ　ｆａｍｉｌｙ　ｐａｐｅｒｓ［ＭＳ５９（Ｆｏｒｍｅｒｌｙ　ＬＦ７８０　ＵＮＩ０８／３７２；Ａ１０３　ｏｔｈｅｒｓ）　Ｌｉｂｒａｒｙ　Ａｒｃｈｉｖｅｓ　ａｎｄ　Ｓｐｅｃｉａｌ　Ｃｏｌｌｅｃｔｉｏｎｓ，　Ｓｏｕｔｈａｐｍｔｏｎ　Ｕｎｉｖ．

［ＳＥＣＯＮＤＡＲＹ　ＳＯＵＲＣＥＳ］
　Ｂｒｉｔｉｓｈ　Ｌｉｂｒａｒｙ　Ｒｅｆｅｒｅｎｃｅ　Ｄｉｖｉｓｏｎ．　ＲＥＡＤＥＲ　ＧＵＩＤＥ　　Ｎｏ．８－１０　．
　Ｈａｎｓａｒｄ，　Ｊｏｈｎ　Ｈ．（１９７０）　Ｔｈｅ　Ｈａｎｓａｒｄｓ：Ｐｒｉｎｔｅｒｓ　ａｎｄ　Ｐｕｂｌｉｓｈｅｒｓ　．　Ｉｒｉｓｈ　ＵＰ．
　Ｋｅｌｌｙ´ｓ　Ｐｏｓｔ　Ｏｆｆｉｃｅ　Ｌｏｎｄｏｎ　Ｄｉｒｅｃｔｏｒｙ　．
　Ｍｉｌｌｓ，　Ａ．Ｄ．（１９９１）　Ａ　Ｄｉｃｔｉｏｎａｒｙ　Ｅｎｇｌｉｓｈ　Ｐｌａｃｅ－Ｎａｍｅｓ　．　ＯＵＰ．
　Ｎｅｗ　Ｚｅａｌａｎｄ　Ｉｎｓｕｒａｎｃｅ　Ｃｏ．　Ｂｏｌｄ　Ｃｅｎｔｕｒｙ　１８５９－１９５９　．
　Ｐｏｓｔ　Ｏｆｆｉｃｅ　Ｌｏｎｄｏｎ　Ｄｉｒｅｃｔｏｒｙ　１８４３　．
　Ｒｅｃｏｒｄ　Ｒｅｐｏｓｉｔｏｒｉｅｓ　ｉｎ　Ｇｒｅａｔ　Ｂｒｉｔａｉｎ：　Ａ　ｇｅｏｇｒａｐｈｉｃａｌ　ｄｉｒｅｃｔｏｒｙ　，９ｔｈ　ｅｄ．　ＨＭＳＯ，　１９９１．　
　Ｒｏｂｓｏｎ´ｓ　Ｌｏｎｄｏｎ　Ｃｏｍｍｅｒｃｉａｌ　Ｄｉｒｅｃｔｏｒｙ　１８２１．

　MS59 Hansard family papers, c.1730-1978（LF780 UNI 08/372）
　LF780 UNI 08/372/12 J.H.Hansard, The Hansards: Printers and Publishers. Irish UniveristyPress, 1970.
　　　　　　　　　/105 Photocopies of Hansard Family 1809
　　　　　　　　　/106 Photocopy of Hansard Family 1838
　　　　　　　　　A528,A554 (Family Tree)

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