徒然物草付録


「根」と「解」とについて(2005-03-11)

琉球大の入試の数学の問題に不適切な用語があったとされる問題 について、非常に誤解を招きそうなので一言。

上記ページでの説明によると、 『「根」という用語は現在の学習指導要領では「解」に統一され、 「根」は使用されていないとの指摘がありました。』 『このことを受けて、大学で検討した結果、 「根」という用語は現在の教科書では使用されておらず、 「解」と統一されていることから、 「根」を用いたことは適切でなかったと判断いたしました。』 とのことであるが、あくまでも 『「根」を用いたことは適切でなかった』かどうかという点が問題であって、 『「根」という用語』そのものが不適切な訳ではないという点を指摘しておきたい。

そもそも「根」と「解」とは意味が違うんである。 「解」は最も一般には或る条件を満たすものを指す用語で、 例えば、関数 f(x)=e^x は微分方程式 f'=f の「解」であるし、 x=2 は不等式 x+1>2 の「解」であるし、 x=1 は方程式 x^3-3x+2=0 の「解」であるし、 円は「等周な平面図形で面積最大なものを求めよ」という問題の「解」である。 問題とされることは、まづ「解」の存在非存在であり、 存在するなら具体的に一つ与える(構成する)ことや 無限にあるか有限個かということで、 最終的には「解」を全て求め(つまり「解」全体の成す集合を決定し)、 更にその集合に特徴的な構造が入るならそれを明らかにすることである。 例えば、上の例のうち「不等式 x+1>2 を解け(解を求めよ)」という場合は、 上の意味での「解」を一つ求めるのでは不十分で、 「解」全体の成す集合 {x|x>1} を決定することが通常要請されるであろう。

一方、「根」は(一変数)多項式に対して用いる用語で、 可換環 R 上の一変数多項式 P(X)∈R[X] に対し、 P(a)=0 となる値 a を多項式 P(X) の「根(root)」と呼ぶ。 従って、多項式 P(X) の根 a は方程式 P(X)=0 の解である。 多項式の根は単に =0 と置いた方程式の解だという以上の意味がある。 R が整域の時、多項式 P(X) の(Rの商体の代数閉包内での)根の全体は、 定数倍を除いて P(X) を決定する。 特に、最高次係数を1とすれば(この時 P は monic であるという)一意に決まる。 但し、厳密には根の重複度を考えなければならない。 その意味で、多項式 X^3-3X+2 の「根」の全体と言ったら、 1,1,-2 (或は 1(2重根),-2) と言うべきであり、 重複度まで込みで考えて、元の多項式が (X-1)^2(X+2)=X^3-3X+2 と復元できる。 正に多項式の「元になるもの=root」なんである。 (この文章を書いているのも、ここに思い入れがあればこそなんである。) 重複度を適切に考慮してこそ、例えば、 「体上の n 次多項式は代数閉包内に根を丁度 n 個持つ」 なんていう美しい定理が成立するんである。 つうか、本来の美しい世界を然るべく見るにはこう見るべきだと。 さて一方、方程式 x^3-3x+2=0 の「解」は x=1,-2 (即ち、「解」全体の成す集合は {1,-2})である。 「解」は方程式を満たすかどうかの問題であるから、 x=1 を"重解"と呼ぶのは本来若干語弊がある("適切"でない)。

問: 高校数学でも良く用いる性質ですが、 「根と係数との関係」「解と係数との関係」、 どちらの用語が(上の意味で)"適切"か。

つう訳で、「根」という用語と「解」という用語は、本来別のものである。 (極言すれば上で書いた 『多項式 P(X) の根 a は方程式 P(X)=0 の解である』 ということ以外に関係はない。重大な関係ですが。) 代数方程式の解法の探求は数学の歴史の中でも大きな位置を占めている (その金字塔が Galois の理論な訳だ)のであるから、 高校までの数学に於いて、歴史的意義も含めてこういうことをきちんと伝える という選択肢もあり得るとは思うが、 現行の課程ではそういうことにはなってない。 であればこの区別を口やかましく言ってもしょうがないので、 「根」と「解」との混同を"許容"しましょう、 ということになっている訳である。 そして混同してしまう(1語彙として扱う)ならば、 用語を2つ併用するのは混乱を招くという考え方が出てきます。 より広い意味を持つ「解」という用語だけで事足りるので、 教科書では専ら「解」という用語を用いることにしましょう、 というのが現行の学習指導要領の規定な訳だ。

件の琉球大の問題そのものはまだ見てないんで判んないんですが、 正しい意味で「根」という用語が用いられていたと仮定します。 これは非常にもっともらしい仮定です。 作題スタッフが専門用語として正しくない用法をする (更にそれが点検段階で見逃される)とは考え難いから。 専門用語として普段使っている"適切"な用法なので見逃された、 としか考えられない。 この仮定の下に「根」という用語が不適切だった訳ではありません

喩え話。「稲妻」という言葉があります。仮名で書くと「いなづま」。 漢字で書けば明らかなように、語源が「いね」の「つま」だからですね。 しかし今や「稲妻」という言葉を語源から遡って意識することは少ないでしょう。 となると発音だけから仮名遣いを考えると「いなずま」「いなづま」どっちでしょう。 現行の規定だと「じ」「ず」が原則ですから、 この言葉の語源を知らなければ「いなずま」と書くでしょう。 語源を口やかましく言ってもしょうがないということで、 「いなずま」を許容することになったとします。 さて「稲妻」の仮名書きとして「いなずま」「いなづま」が併用されることになると、 言葉1つに仮名書き2通りを併用するのは混乱を招くという考え方が出てきます。 そこで現行規定の原則に従い、 教科書では専ら「いなずま」と書くことにしたとしましょうか。

問: 入試で漢字の書取に「いなづま」という問題を出したら、 現行規定では「いなずま」と書くという指摘を受けてしまいました。 どう対処すべきでしょう。