機能分化のメカニズムの解明
魚類の孵化様式
トゲウオ科魚類の孵化酵素遺伝子を題材に、遺伝子の新規機能獲得のメカニズムを解明することを目指しています。孵化酵素とは、卵膜を特異的に分解するプロテアーゼのことです。孵化酵素は孵化時に胚から分泌されます。孵化酵素遺伝子は真骨魚類の祖先では単一の遺伝子系からなっていましたが、その後の進化過程で遺伝子の重複と多様化が起きたことが示唆されており、メダカやイトヨなどが属する正真骨類は、2種類の孵化酵素をもっています(図1)。2つの酵素はHCEとLCEと呼ばれています。一方卵膜は、ZPドメインと呼ばれる領域をもつZPタンパク質(ZPBとZPC)よりなっています(図1)。孵化時には、HCEが卵膜タンパク質ZPBのN末端側に存在する繰り返し配列を細断することで卵膜が膨潤し、LCEが卵膜タンパク質の2ヶ所(ZPBのZPドメインの真ん中とZPCのN末端側)を切断し、卵膜は可溶化されます(図1)。
イトヨとトミヨの孵化様式
イトヨとトミヨはどちらもトゲウオ科に属するにもかかわらず、卵膜分解様式が異なることがわかりました(図2)。イトヨにはHCEとLCEが存在し、上述した卵膜タンパク質の領域を切断して孵化します。一方、トミヨでは、HCEは卵膜タンパク質ZPBのN末端領域を切断して卵膜を膨潤させるという分解様式が保存されていました。ところが、トミヨのLCEは2種類(α型とβ型)存在し、卵膜の可溶化には2種類のLCEが必要で、どちらかだけでは不完全です。まず、α型がZPCのN末端側を切断し、その後、β型がZPBのZPドメインの真ん中を切断することで卵膜を完全に分解します。つまり、α型とβ型が卵膜タンパク質の別々の領域を切断し、両者が合わさって、メダカやイトヨなどのLCEと同じ働きをするという機能分化が生じていることがわかりました。
図2:イトヨとトミヨの孵化酵素による卵膜分解機構の比較。Kawaguchi et al. 2013より改変。
トゲウオ科魚類の進化
上記の結果は、トゲウオ科魚類の進化過程で孵化酵素LCE遺伝子の重複が起き、その後の進化過程で機能分化が生じたことを示しています。そこで、トゲウオ科魚類の進化のどのタイミングで遺伝子重複と機能分化が生じたのかを明らかにしようと、他のトゲウオ科魚類の孵化酵素による卵膜分解系を明らかにしたいと考えています。トゲウオ科は5属(イトヨ属、トミヨ属、Culaea属、Apeltes属、Spinachia属)からなってるので、トゲウオ科魚類のゲノム遺伝子構造を比較解析することにより、いつ孵化酵素遺伝子の重複が起きたのかを明らかにできます。さらに、祖先型配列を推定し、その組換えタンパク質を作製して活性を調べることで機能分化の時期も明らかにできます。これらの解析を通して、進化過程で遺伝子重複によって機能分化がどのように起きるのかそのメカニズムを明らかにしようとしています。
図3:トゲウオ科魚類の孵化酵素遺伝子の進化過程。Kawaguchi et al. 2013より改変。
掲載論文
Mari Kawaguchi, Hiroshi Takahashi, Yusuke Takehana, Kiyoshi Naruse, Mutsumi Nishida, and Shigeki Yasumasu, 2013.
Sub-functionalization of duplicated Genes in the evolution of nine-spined stickleback hatching enzyme.
Journal of Experimental Zoology Part B: Molecular and Developmental Evolution, 320: 140-150.
DOI: 10.1002/jez.b.22490