主な研究内容
生物は共通の遺伝子によって同じような仕組みを作り出しているにもかかわらず、それぞれの環境に適応して遺伝子の機能が変化し、形態も多様化してきました。私たちの研究室では、大きく2つのテーマで研究を進めています。1つ目は、「タツノオトシゴの育児嚢」を題材に、遺伝的多様性がどのような形態的な多様性をもたらすのかを明らかにする研究で、形態学・発生学・生理学・進化生物学など様々な分野にまたがっています。2つ目は、「孵化」を題材に、遺伝的多様性がどのようにタンパク質の機能の多様性をもたらしたのかを明らかにする研究で、主に生化学と進化生物学の手法を用いています。
タツノオトシゴの育児嚢の形成過程
多くの動物ではメスが子育てをしていますが、タツノオトシゴはオスが育児嚢内で卵を保護し、その後、出産します。しかし、オスの育児嚢は子供のころからあるわけではなく、成長とともにできていきます。私たちは、この育児嚢の形成過程を明らかにしました。育児嚢の形成の詳細を見る
ヨウジウオ科魚類の育児嚢の進化
すべてのヨウジウオ科のオスがもっている育児嚢の形態は、体の表面に卵を付着させる形態から袋状の形態まで多様です。どのような形態的な違いが生じ、どのような機能的な違いがあるのか、ヨウジウオ科魚類の育児嚢の進化について調べています。育児嚢の進化の詳細を見る
子育て中の育児嚢の役割
タツノオトシゴにある袋状の閉鎖した育児嚢では、内部の環境の悪化は、育児嚢内で育つ赤ちゃん(胚)の成長に影響を及ぼします。そのため、育児嚢内の環境を一定に保つ機能が備わっているはずです。私たちはその点に着目して、育児嚢の機能を調べています。
レトロポゾン/トランスポゾンによる新奇な遺伝子の誕生
タツノオトシゴの育児嚢に特徴的な組織を作り出す遺伝子を調べるために、RNA-seq解析を進めてきました。その結果、他の生物がもつ遺伝子とは類似性のない、新奇な遺伝子が見つかりました。その進化過程を調べた結果、タツノオトシゴ属とそれと最も近縁なヨウジウオ属の共通祖先で、レトロポゾンもしくはトランスポゾンという仕組みによってゲノム内に入り込んだ配列が、新たな遺伝子として働くようになったことがわかりました。この遺伝子はタツノオトシゴに固有な表皮構造で発現していました。これらのことから、新奇な遺伝子が新奇な細胞の創出に寄与していると考えられます。プレスリリースを見る。
遺伝子の発現パターンの変化はどのように新奇器官に寄与するのか?
卵形成に関わる遺伝子は、メスで発現しますが、その遺伝子の中にはオスの育児嚢でも発現するももあることがわかりました。卵を守る器官が育児嚢なので、卵をキーワードに両者には共通の遺伝子が関わっている点が興味深いです。この遺伝子は育児嚢ではどのような役割をもっているのでしょうか?
遺伝子重複による新しい機能の獲得メカニズム
進化の過程で生物が新しい機能を獲得する要因の1つが、「遺伝子重複」です。遺伝子重複とは遺伝子が2つ以上に増えていくことです。遺伝子重複が生じると変異が起きて、その遺伝子が作り出すタンパク質が本来の機能とは異なる機能を獲得することがあります。具体的にはどのようにして新しい機能を獲得するのでしょうか?私たちは、孵化を題材にそのメカニズムを明らかにしようとしています。孵化酵素遺伝子の重複に関する詳細を見る
海水と淡水に適応した孵化酵素の進化
魚類の胚は、卵膜に覆われて保護されていますが、孵化時に孵化酵素を分泌して卵膜を分解します。潮の満ち干による塩濃度の変化が大きい汽水域に生息するマミチョグは、至適塩濃度の異なる2種類の孵化酵素を持っていることがわかりました。このことは、マミチョグの孵化は幅広い塩濃度に適応できていることを示しています。2種類の孵化酵素の至適塩濃度の違いは、たった1つの塩基置換による1アミノ酸変異によるものなので、遺伝子はわずかな変異で環境に適応できることを示唆しています。現在、様々な環境に生息するメダカ属魚種を用いて、海水と淡水への適応がどのように生じているのかを調べています。
魚類の消化の仕組み
ヒトを含む哺乳類は胃をもち、胃で作られるペプシンなどを用いて食物を消化しています。一方、魚類には胃があるものと胃をもたないものがあり、消化の仕組みが多様です。私たちは、遺伝子重複によって誕生した遺伝子が、魚類独自の消化酵素をコードしていることを発見し、この消化酵素をpactacinと名付けました。pactacinに関する研究成果の詳細を見る
社会貢献活動
研究活動で得られた知見を社会に還元することにも努めています。具体例はお知らせ欄をご覧ください。
知的好奇心を刺激する活動を通して、社会貢献活動も行っています。その一環として、魚のイラストを作成しています。魚類には、どのような種がいて、どこに生息しているのか?どのように進化してきたのか?これらを正確に把握しておくことはとても重要なことです。例えば、南の海でダイビング中に見つけた魚がタツノオトシゴの仲間なのかそうでないのかによって、観察するべきポイントも変わってくるでしょう。生物を分類学的に整理し、系統的に理解できるように作られた図鑑は、このようなときに役に立ちます。
魚イラスト図鑑
これまで研究対象として扱ってきた魚種は50種以上です。専門家だけではなく、様々な方にどういう魚なのかを理解していただくことも重要なので、研究に使った魚種について、イラストを描いて紹介してきました。時にはイラストを先に描いて、どうしても研究材料にしたいと思って仕入れた種もいます。他の研究者から依頼されて描くこともありますし、こんな魚なのかと自分の好奇心を満たすために描いた種もいます。これらの魚種をイラスト図鑑としてまとめています。イラスト図鑑を見る
おさかな周期表:魚類の分類・系統の概略図
遺伝子の進化過程を調べるうえで、生物の系統関係をきちんと把握する必要があります。なぜなら研究対象である魚類は脊椎動物の半数以上を占める多様なグループで、系統関係は非常に複雑で、それぞれの系統的な位置付けを把握しにくいのです。そこで、多くの人にとってなじみのある元素周期表に魚類の分類・系統を当てはめた「おさかな周期表」を考案しました。おさかな周期表を見る