ヨウジウオ科魚類の育児嚢の進化
組織化学的な観察に基づく育児嚢の進化過程
タツノオトシゴが属するヨウジウオ科の魚種は、藻場やサンゴ礁に生息していて外敵も多く、そのような環境への適応戦略の1つとして卵を保護する育児嚢を獲得しました。育児嚢は、ヨウジウオ科魚類のすべてのオスに見られます。育児嚢の形態は多様で、体表に卵を付着させるだけの単純なもの(開放型)から、進化過程で両脇から伸びた表皮で卵を覆い隠す閉鎖型の育児嚢が生じたものまであり、最も発達した袋状のものはタツノオトシゴに見られます。
本研究では、ヨウジウオ科に属する5種類の魚種を用いて、育児嚢の組織化学的な解析を行いました。その結果、すべての魚種の育児嚢は、抱卵中には血管が発達し、胎盤があることが明らかになりました。特に、タツノオトシゴやヨウジウオに見られる閉鎖型の育児嚢では、胎盤がとても柔らかい構造をしています。また、未抱卵の時と比べると、抱卵時の育児嚢の内腔の上皮が非常に薄くなってることから、抱卵時には父親と子の間での物質交換が容易になると考えられます。これらのことから、ヨウジウオ科の進化過程で、閉鎖型の育児嚢の獲得とともに、卵の保護としての役割を担う胎盤が発達したと考えられます。
図1 ヨウジウオ科魚類の系統関係と育児嚢の模式図(横断面)。
本研究のもう1つの特徴は、ピグミーシーホースの育児嚢の形態を明らかにできたことです。タツノオトシゴ属には、成熟すると体長が24〜350 mm程度になる「大型」の種と、成熟しても体サイズが非常に小さい(体長が13.6〜26 mm)「小型」の種がいます。これらの「小型」の種は、系統学的にも「大型」の種と独立のグループを形成しており、ピグミーシーホースと呼ばれています。体サイズだけでなく、育児嚢の形態も「大型」種とピグミーシーホースでは異なります。「大型」種では尾部の表面(つまり体外)に育児嚢があるのに対し、ピグミーシーホースでは腹腔内にあります。今回の組織化学的な観察により、どちらの種も胎盤などの内部形態はよく似ていることがわかりました。これらの結果から、タツノオトシゴ属に至る進化過程で、袋状の育児嚢を獲得したものの、ピグミーシーホースでは育児嚢を体外に維持できないほどに体サイズが小さくなったことにより、腹腔内に育児嚢を作り出すようになったと考えられます。
掲載論文
- Akari Harada, Ryotaro Shiota, Ryohei Okubo, Makiko Yorifuji, Atsushi Sogabe, Hiroyuki, Motomura, Junya Hiroi, Shigeki Yasumasu, and Mari Kawaguchi. (2022) Brood pouch evolution in pipefish and seahorse based on histological observation. Placenta, 120: 88-96.
DOI: 10.1016/j.placenta.2022.02.014