2016年度春期 新聞学科科目(2単位)毎週金2時限
外国ジャーナリズムUa 
ヨーロッパのジャーナリズム マス・メディアを考える  鈴木 雄雅(すずき ゆうが)

  グローバリゼーションとメディア
7/15

課題(学期末) 
 2)レポート A4判(400字詰15枚程度) 表紙をつけてください。ペーパーにて提出のこと。 
締切日=7月29日(金)12:00厳守(研究室)   
HP(その他公開できるSNS)掲載分はプラスα
ヨーロッパ地域のジャーナリズム、マス・メディアについて(概況のみでなく、テーマを各自設定し、その選定、目的などを明示すること) 参考文献、出典、注を明記のこと 
レポート、アサイメント提出の基本(2008年版)
 指定ブックレポート(1) 
小林恭子『英国メディア史』(中央公論新社、2011)
小糸忠吾『新聞の歴史―権力との戦い』(新潮選書、1992)
倉田保雄『ニュースの商人 ロイター』(新潮社、1979) 新書版あり
蓑葉信弘『BBC 英国放送教会』(東信堂、2002)
※A4 判 1枚(表裏印刷2頁まで)
第14回 7/15  フランス(3) 講義資料 修正しましたが、DLできない場合ご連絡ください。
第13回 7/8  フランス(2) 講義資料 現代のフランス・ジャーナリズム
第12回 7/1 学期末レポート作成(自主研究)
第11回 6/24  フランス(1) 講義資料  フランスのイメージ 2015 2012はこちら
 フランス24 フランスを代表する国際放送     Euronews   ヨーロッパのニュース  ※中間レポート提出
 第10回 6/17  講義資料 BS世界のドキュメンタリー 
 第9回 6/10  講義資料   WAN- IFRA (世界新聞・ニュース発行者協会)
 第7回 5/27   授業資料  (特派員メモ)日本首相の知名度は @ドイツ・フランクフルト (朝日5/18)
 第6回 5/20   アーカイブDB講習会を行います。2号館3F COM-B教室 概要 (差し替え)中間レポート課題あり
レポート、アサイメント提出の基本(2008年版)
参考
皆村武一「『ザ・タイムズ』にみる幕末維新』(中公新書1405)
鈴木雄雅「日本報道と情報環境の変化−情報発信に関わった外国人ジャーナリスト」『年報 近代日本研究−近代日本と情報』12(1990)
 第4〜5回 5/6,5/13 授業資料 download  イギリスのメディア(2)  NHK「激動の世界をゆく イギリス」
 第3回  4/29  授業資料 download イギリスのメディア(1)
 第2回  4/22 授業資料 download 
「イギリスのイメージ」(2015) こちら(2012) 「ドイツのあるジャーナリストの日本論」(内田樹研究室)
BBC News BBC World News(Japan)
 第1回 4/15  授業資料 download 

門奈直樹『ジャーナリズムは再生できるか―激変する英国メディア』(岩波現代全書050、2015)
Raymond Kuhn and Rasmus Kleis Nielsen, POLITICAL JOURNALISM IN TRANSITION : Western Europe in a Comparative Perspective London: I.B.Tauris, 2014.
【リーディングアサイメント】
「マス・メディア企業の国際支配を考える」『マス・コミュニケーション研究』No.56 (2000)
「国際コミュニケーション論の再考と展望(3)」『コミュニケーション論』No.32(2002/3)
「国際コミュニケーション論の再考と展望(2)」『コミュニケーション研究』No.31(共同執筆、2001)
「国際コミュニケーション論の再考と展望」『コミュニケーション研究』No.30(共同執筆、2000)

  小林恭子の英国メディア・ウォッチ  
  ヨーロッパのジャーナリズム/ジャーナリズム史  
イギリスのジャーナリズム  フランスのジャーナリズム  ドイツのジャーナリズム
イタリアのジャーナリズム  スウェーデンのジャーナリズム  総括





以下は2015年度
2015/07/10

読売新聞 「世界の歴史とタイムズのあゆみ」  1785〜2003年(読売から)
鈴木雄雅  新聞経営の先達者:ウォルター家と『ザ・タイムズ』(下) 未発表
    新聞経営の先達者:ウォルター家とThe Times   コミュニケーション研究 No.40(2010)
鈴木雄雅 イギリス16・17世紀の新聞社会史(書評) 芝田正夫『新聞の社会史―イギリス初期新聞史研究』
(晃洋書房、2000年) 
(『学鐙』2000年3月号、48-51頁所収)


「諸外国における対日メディア世論調査」『メディア展望』(新聞通信調査会) No.641(2015年5月号) こちら
伊藤陽一(編)『ニュースの国際流通と市民意識』(慶應義塾大学出版会、2005年)
The Economist
http://pweb.cc,sophia.ac.jp/s-yuga/gakubu/FJ2ref.htm
第1回講義資料 


以下は2014年度以前のものです。
2014/6/13
「仏重電、米独が争奪戦 三菱重、共同で買収検討」(朝日、読売ほか2014/6/13)
「フランスのイメージ」は こちら

課題について
(1)ヨーロッパで発行されている新聞(雑誌・TVドラマ)を読んで A4判レポート用紙2枚程度(両面刷りを推奨) HP掲載分はプラスα(知らせてください)6月末の提出をめどに
2)レポート A4判(400字詰15枚程度) ペーパーにて提出のこと。 締切日=最終授業当日   HP掲載分はプラスα
ヨーロッパ地域のジャーナリズム、マス・メディアについて(概況のみでなく、テーマを各自設定し、その選定、目的などを明示すること) 参考文献、出典、注を明記のこと 
レポート、アサイメント提出の基本(2008年版)
 指定ブックレポート(1) 
小林恭子『英国メディア史』(中央公論新社、2011)
小糸忠吾『新聞の歴史―権力との戦い』(新潮選書、1992)
倉田保雄『ニュースの商人 ロイター』(新潮社、1979) 新書版あり
蓑葉信弘『BBC 英国放送教会』(東信堂、2002)
※A4 判 1枚(表裏印刷2頁まで)
       
2013/6/19  毎日 発信箱:女王さまとBBC  
  原麻里子   BBCワールド・サービス  『ソフィア』2005年vol.54,no2, pp.65-93
2013/5/08    イギリスの日本語新聞 『英国ニュースダイジェスト』  

【2012年度参考】

    イタリアのジャーナリズム  
    現代フランスメディアの苦悩  
     
     (英)大衆紙盗聴事件(Murdoch and News of the World) TBS Dig 2012/07/19 (04:10 〜01:24)
  特集 ニューズ・オブ・ザ・ワールドとウィキリークス  月刊マスコミ市民 2012/01 (no.516)
  6/21   デイヴィッドを追え!〜個人情報が危ない〜(再)
NHK BS 世界のドキュメンタリー
 2012年6月21日 木曜深夜[金曜午前 0時00分〜0時50分]
   6/13  ダイヤモンド・クイーン王室とメディア(仮)
NHK BS 世界のドキュメンタリー
 2012年6月13日 水曜深夜[木曜午前 0時00分〜0時50分]



<海外情報><メディア談話室>ほか 『メディア展望』(旧『新聞通信調査会報』
パリの日本語新聞OVNI(オヴニー)
世界の新聞・ニュース
世界の新聞一面
Present Media Owner in the World (CJR)
Thomson-Reuter, Murdoch-DJ(WSJ)
WAN World Association of Newspapers (世界新聞協会)
世界新聞史



第1回 オリエンテーション

外国ジャーナリズムUa
ヨーロッパのマスメディア、ジャーナリズムを理解する授業 新聞学科科目 春期2単位

文学部新聞学科 鈴木雄雅 (すずき・ゆうが)
毎週金曜日2時限 
HP http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/
http://pweb.cc,sophia.ac.jp/s-yuga/gakubu/FJ2ref.htm
研究室 7号館11F  オフィスアワー

講義概要(1)
ジャーナリズム揺籃の地といわれるヨーロッパ地域のマス・メディアについて学ぶ。
本講義は国際的なマス・メディア産業の動態分析やジャーナリズム研究にとどまらず,
その形成過程に多大な影響を及ぼす政治体制や社会構造の変化にも注目する。
講義概要(2)
常に日本の状況と比較しながら,現代代ヨ−ロッパのマス・メディアの構造と機能を研究する。
年間スケジュール・参考文献類については,最初の講義時に発表。
注意事項
出欠の有無は講義開始時にとる。
遅刻者が講義終了後自己申告しない場合は欠席扱い。
講義中の飲食、私語は厳禁。 
評価に関して

参考文献
主要参考書 John C.Merrill ed., Global Journalism <Third Ed>, Longman, 1995.
Euro Media Research Group, The Media in Europe, Sage, 2004.
小糸忠吾『新聞の歴史』(新潮社、1992)
URL http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/gakubu/FJ2ref.htm


The Media in Europe,
Introduction - Denis McQuail
Austria - Josef Trappel
Belgium - Els De Bens
Czech Republic - Jan [ac]Cul[ac]ik
Denmark - Frands Mortensen
Finland - Marina [um]Osterlund-Karinkanta
France - Jean-Marie Charon
Germany - Hans J Kleinsteuber Greece - Stylianos Papathanossopoulos
Hungary - B[ac]alazs Kiss
Ireland - Wolfgang Truetzschler Italy - Gianpietro Mazzoleni
Luxembourg - Mario Hirsch
The Netherlands - Kees Brants
Norway - Helge [sl]Ostbye
Poland - Koral Jakubowicz
Portugal - Manuel Pinto and Helena Sousa
Russia - Elena Vartanova
Slovakia - Andrej [ac]Skolkay
Slovenia - Vida Zei
Spain - Rosario de Mateo
Sweden - Olof Hult[ac]en
Switzerland - Werner A Meier United Kingdom - Jeremy Tunstall



第2回
ヨーロッパのマス・メディア
本日のトピック  
●世界、ヨーロッパのメディアモガルを覚えよう  Who Owns What  (Columbia Journalism Review)
Axel Springer Verlag
CNN News
Gannet Newspapers 
News 
Softbank
Thomson  
Viacom
Vivendi Universall
 など

ヨーロッパのマス・メディア
地域研究 (area sttudies)
ヨーロッパの特徴
マス・メディアの基礎データ
基礎知識

2.基礎データ<例>
日刊紙の数/発行部数…上位10紙/総発行部数
非日刊紙の数/総発行部数
新聞の普及率(1,000人当たり) …世界比較 世帯普及率 宅配率 
新聞用紙年間総消費量(トン、kg/1,000人)

定期刊行物(雑誌)の数・種類/総発行部数
総広告費/媒体別広告費/広告費 /1人あたり
テレビ局数/普及台数/1,000人当たり
ラジオ局数/普及台数/1,000人当たり
電話普及台数

3.1国のメディア状況 概要<例>
背景と一般的性格(歴史と現況)
経済的枠組み   ・法制度   ・検閲 
国家とプレスの関係 ・通信社
外国メディアに対する態度
ニューメディア  教育と実務教育
要約 年表・文献目録 (参考:G.T.Kurian, ed.World Press Encyclopedia <1982,2002>

3a ある国のマス・メディア研究<例>UK 国 勢
1945年以降の新聞・放送の発達
英国メディア発展の特徴
サッチャー政権のメディア政策(1979-90)
新聞界
政治的枠組み
構造、所有、財政

電子メディア
法的枠組み
地方テレビ・ラジオ
番組の輸出、輸入
新聞・放送政策
統計
参考文献(The Media in Western Europe)

ターゲットにより異なる
政治・経済・社会の動向
広告業界の動向−広告費
媒体事情 新聞 雑誌 テレビ ラジオ 屋外媒体
広告規制(『電通広告年鑑』)
マス・メディア比較の例: CATVの普及、衛星放送契約者数など 広告分野(テレビ媒体)




第3-4回 イギリスのジャーナリズム(1)


◎日刊紙出現までの英国新聞界の発達過程を概観し、「言論の自由」の概念を考える。
 「マルチメディア・フィーバーから考えること」『ソフィア』 no.174 (1995)
 近代コミュニケーション以前はジャーナリズム史授業
【参考文献】
  "Newspaper chronology, 1621-1977"from NEWSPAPER HISTORY"
  小林「コーヒーウハウスとジャーナリズム」(1984) 磯部(1984)
  小糸(1992) ,稲葉・新井(1988、第1章4節)「新聞の自由の歴史」,渡辺(1979) 
  芝田正夫「イギリス初期『新聞』史再考」『メディア史研究」02(1995)
  芝田 正夫 『新聞の社会史―イギリス初期新聞史研究』(晃洋書房、2000年)



1.新聞出現前夜
  1476年 印刷人William Caxton(1421/23-91)が印刷機を持ち込む
□ニュースレター、ニュースシートの発行
  1586年 STAR CHAMBER(星法院・庁)印刷・検閲・出版取締令
  1621年 English Coranto…英国で初のコラント紙として登場
    Coranto, or Currents of News

2.新聞出版物出現
 1622年 5月  Weekly News=別名 News Book
 1632/33年  スターチェンバー、週刊報道紙やコラントの発行停止
          外国ニュースの出版も禁止(1638年解除)
 1641年  スターチェンバー廃止…1453年から180年間、王室の権威と威厳を保つ存在だった。
       手足となったのは1556年創立の書籍出版業組合 The Stationers' Company
 ●議会報道中心のパンフレット、新聞が一斉に出始める
 1643年 出版条例復活                 1642〜49 チャールズ一世
 1644年 John Milton (1608-74)Areopagitica出版
     「出版の自由」「言論の自由」への懐疑
<1640年代の新聞 小林『コーヒーハウス』pp.125-26>  1649   クロムウェル
                                   ピューリタン革命

3.チャールズ2世とジャーナリズム
1660年  王政復古〜1685年まで……新聞に議会記事を載せることを禁止

●1662〜1695年 印刷・出版に認可法(The Licensing Act)
  1666年9月 ロンドン大火  シティ区域内の大火
             それまでのニュースセンターだったポールズウォーク焼失
   ↓ London Gazette published by authority
   コーヒーハウス、パブ(社交場、情報交換センター)の出現
                           1685 ジェームズ2世〜88年 
                           1688 名誉革命
                           1689 権利の章典
  1695年 ウィリアム3世、1662年の印刷・出版認可法を廃止
   ↓
   新聞報道紙、定期刊行物の出版相次ぐ ……………(Fleet Street )街の登場
   ロンドン以外の地方紙 provincial weekly の発達

4.最初の日刊新聞 London Daily Courant
 1702.3.11 Elizabeth Mallet (女性)が発行 1d.
   手動木版印刷機 ・1回の操作で、見開き2頁を刷るのが限度。1列14〜16字
           ・1時間200枚が最大目標。

5.政党新聞、政党機関紙の登場=政論新聞時代の幕開け
  エッセーペーパー/文学的刊行物(literary periodicals)
 □1704〜12年 Weekly Review 
  デフォー(Daniel Defoe, 1660?-1731):『ロビンソンクルーソー』
  スウィフト(J.Swift);月刊誌 Examiner創刊
 □1709〜11年 The Tatler…Richard Steele
 □1711〜14年 The Spectator…Joseph Addison

●1712年 印紙税 Tax on Knowledge (知識に対する課税)導入
 1725年 捺印税 Stamp Act →渡辺(1979)参照
  ・ニュース報道紙=0.5p 1p. 広告= 1s. パンフ= 2d.
 ↓・検閲がなく、名誉毀損法の適用は不当
 1855年まで続き 廉価紙(cheap press)の出現を遅らせる
                  ※アメリカ=印紙条例施行1765年  独立1776年
 □1731年 月刊雑誌 Gentleman's magazine
      Edmond Caveが創刊 近代総合雑誌の創始者
  1738年   議会での討論内容の掲載を禁止
  1771年から 議会報道が許される
  1803年   傍聴席に記者席が設けられる
 □Woodfall家の新聞界への波紋
 □John Wilkesの影響
 ・1763年 North Briton 創刊…「新聞の自由」を叫ぶ。「人民にもまた特権がある」
        



第5-6回 イギリスのジャーナリズム(2)(3)(4)
◎英国新聞界の発達過程を概観し、「言論の自由」の概念を考える。

1.The Timesの創刊
1785.1.1 The Daily Universal Register として創刊される(1788年改題)
創刊者−John Walter
→ http://www.spartacus.schoolnet.co.uk/Jwalter1.htm
   http://www.spartacus.schoolnet.co.uk/PRtimes.htm
1803 次男John Walter・(1793年から参加)が全経営権を掌握
→ http://www.spartacus.schoolnet.co.uk/Jwalter2.htm
経営権と編集権を分離

2.名編集長の時代続く 
1817-41 バーンズ Thomas Barnes (1785-1841)
1841-77  ディレーン John Thadeus Delane

3.対抗紙
Political Register 1802〜
The Manchester Guardianの創刊1821→現 The Guardian
The Daily News 1846.1.21創刊

4.娯楽出版物の出現
1841 Punch(〜1992)
1840 日曜紙の登場…News of the World  最初は1779年(違法出版)
  ・大衆日曜紙  Lloyd's Weekly London Newspaper ※印紙税の減税(1836)が背景にあった
   40年代の日曜紙の総発行部数 17万部
    〃    日刊紙の  〃      6万弱

5.知識に対する課税/印紙税の廃止
1853 広告税廃止  1855 印紙税廃止
1861 原紙(新聞用紙)税廃止
19世紀半・後半にかけての社会的基盤の発展

大衆紙の登場とジャーナリズムの変化
6.大衆紙の出現
Q.アメリカセンセーショナリズムとの比較
Q.英国の大衆紙が遅れた理由
J.ミルトン『イエロー・キッズ』(文藝春秋、1993)
伊藤慎一『マスコミ物語』(現代ジャーナリズム出版会、1966)
武市英雄『日米新聞史話』(福武書店、1984)

7.夕刊紙などの活躍
アメリカの新聞の手法を取り入れ成功
経済紙 Financial Times(1888)創刊→『百年史』
1893年から例のピンク色 Arthur Pearson

イギリスのジャーナリズム(3)  

大衆紙の登場とジャーナリズムの変化
 「マス・メディア企業の国際支配を考える」『マス・コミュニケーション研究』No.56 (2000)

8. プレスバロンの台頭−
ノースクリフ卿と新聞王国
1896.5.6 大衆紙 The Daily Mail 創刊
弟の Harold Harmsworth のちの Lord Rothermere (1868-1940)と兄弟会社設立
Alfred Harmsworthのちの Lord Northcliffe (1865-1922)
1896.5.6 大衆紙 The Daily Mail 創刊
cf. 鈴木雄雅「マス・メディア企業の集中化」『ソフィア』No.155(1990・秋)

9.有力プレスバロン
William Maxwell Aitken のちのLord Beaverbrook (1879-1964)
1900 Express獲得 1920 日曜紙 Sunday Express創刊 1923 夕刊紙 Evening Standard 買収
Cecil King  Harmsworth (1901-87ノースクリフの甥) ミラーグループ、IPC
Daily Mirror, Daily Herald, Sunday Pictorial, Sunday Peopleを獲得
⇒山本『仁義なき英国タブロイド伝説』

10.第一次世界大戦と英国新聞界 
各紙、特別編集の「戦争版」を発行
・戦時特派員の派遣−戦争報道の問題により、新聞局 Press Bureauが設置される
・新聞は総じて、戦争目的に協力的/ノースクリフの論調
▽新聞は大量生産の時代に突入
・1930年代 販売競争が最高潮に達する

11.第二次世界大戦と英国新聞界
チェンバレンの対独融和政策を支持
新聞用紙の不足
検閲 Dノーティス=ASystem of "D" efense Notices

12.大衆紙の出現
1860-70年代 蒸気による両面印刷刷り輪転機の普及
1896(Daily Mail)/1903(Daily Mirror)新聞を始めるのにかかる資本は急騰
1855=£ 20,000/1867=£ 50,000
1870s=£150,000
1906-08=£300,000
1920= £750,000
1930年代が最高潮

13.大衆紙の競争
10年ごとに競争の激化、衰退の繰り返し
第一次大戦……読者保険
Daily Herald (労働党系)の拡張作戦に各紙が追従
カメラ、万年筆、絹の靴下などを景品に読者を勧誘。
次に、医学書やディッケンズ全集を格安で売る。紳士協定違反。無料保険や鉄道障害保険
タイムズのみ少しも騒がず、広告主そして読者も離れず。
 →1964廃刊に追い込まれる
  1940年代  凍結の時代  第二次大戦、戦後
※用紙の凍結、資材不足


戦後のジャーナリズム
1.J.Tunstall(Media in Britain)
  1930年代  競争の時代
  1940年代  凍結の時代
  1950年代  競争の時代   Q.戦後の混乱期、新聞界への影響
  1960年代  限定的な競争の時代、ゴールデン・エージ
  1970年代  プレス競争の復活(の時代)
  1980年代  競争の速度が早まった(時代)

2.concentrationof press ownership  新聞所有の集中化の問題おこる
Royal Commission on the Press 新聞に関する王立委員会
独自の監視機関の設置を勧告
 →新聞総評議会(General Council of the Press)1953年創立⇒その後、廃止
第二次新聞に関する王立委員会 設置 1961-62 Shawcross
第三次新聞に関する王立委員会設置 1974-77 McGregor委員会

商業テレビ局の出現 ITV
ITA(Independent Televison Authority) 1955〜  BBCと商業放送の2本立て
  →IBA(Independent Broadcasting Authority) 1972〜
  →ITC(Independent Television Commission) 1991〜 多局化の時代
 Q.商業放送の進出は、新聞界はなにをもたらしたか

BBC World News(Japan)
津田正太郎「マス・メディアと国民統合:戦間期イギリスの国民統合におけるBBCラジオの役割」
(『メディア・コミュニケーション』第
53号、2003pp.167-178

The Times の変貌
Walter→Northcliffe(1908)→G.Astor(1922)家へ
1966年、トムソンに買収される  
1976年 ロイ・トムソンの死去により、息子ケネスが継ぐ
1981年〜マードック、買収
「R.マードックのメディア戦略――”ダーティー・ディッガー” から世界のメディア王へ」

1980 年代の動向
1981 読者獲得のため大衆紙のビンゴ戦争始まる→高級紙にも飛び火。
1986 フリートストリートから新聞社の移転始まる
1987 ロンドン夕刊戦争始まる
BBCへの政治介入

衛星放送時代前夜
1990 年代の動向
1990 日曜紙市場、過当競争に突入
1992 衛星放送時代:多チャンネル、多メディア時代
1995 マスコミ占有率10%制限へ(マードックつぶしか)
1997 ブレア労働党内閣成立 ダイアナ元妃、過剰報道(パパラッチ) 
   放送基準委員会(BSC)設置

国際メディア状況
表1 テレコム・メディア産業のM&A(1999年)
http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/Article/2000bTable1.htm
表2 支配的な1ダース
http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/Article00bTable2.htm
表3.ピアソン・グループのM&A:1980年代後半以降
 http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/Article00bTable3.htm

http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/gakubu/FJ2ref.htm



第7回 フランスのジャーナリズム(1)
◎フランス新聞界の発達を探る
 参考文献(フランス) 小糸テキスト、
 B.ボワエンヌ、松尾博文ほか(訳)『現代情報学入門』(昭和堂、1983)
 山田登世子『メディア都市 パリ』(青土社、1991)
  ジャック・セゲラ、小田切慎平(訳)『広告に恋した男』(晶文社、1984)
 シュルベール『第四の権力』(日本経済新聞社、1978)
 ジャン・シュヴェール、井上ほか(訳)『報道・権力・金』(サイマル出版会、1977) 
杉山光信  「フランスのジャーナリズム・スクール」(東京大学社会情報研究所情報資料研究センターニュース第13号、2001年3月号)
 http://www.isics.u-tokyo.ac.jp/~center/new/news13/13-1.html
同上  「『フランス・ソワール』の身売り話」 同 12号(2000年3月号)
 http://www.isics.u-tokyo.ac.jp/~center/new/news12/12-1.html
読売AD 読売「フランスコアビタシオンと新聞界の革命児」(ジラルダンの話)
http://adv.yomiuri.co.jp/ojo/02number/200204/04wad.html
フランスの新聞 Le Figaro http://www.yomogi.or.jp/~takemi/figaro.htm
メディアリンクサイト http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/1211/liencont/lienmed.html

 国勢については  CIA World Factbook 
 

□新聞出現前夜
1 最初の定期刊行物……ルイ13世の時代
  1631.6.1 La Gazette ・1789年まで官報的性格の月刊、週刊紙。その後日刊に。
            ・17世紀を通じて、発行部数は約1,200部
 [創刊者]・テオフラスト・ルノード(Theophraste Renaudot,1586-1653)
       医師、ジャーナリスト。リシュリー首相の知遇を得て、ルイ13世の侍医に。
       王の特許を得て、『ラ・ガゼット』を創刊。
       “フランスの新聞の父”と呼ばれる。←フランススのアディソン/フランクリン
 □パンフレット・ジャーナリズムの開化
 ・政治ジャーナリズムの登場=フロンドの乱がきっかけ。
 □文学的ジャーナリズムの出現
 □小プレス
 □『学者新聞(ジュルナル・デ・サヴァン,Journal des Savants)』

2 日刊新聞の登場
 Le Journal de Paris =『パリ新聞』
 ・1777.1.1(水)創刊。89年までフランス唯一の日刊新聞
 ・創刊人 コランセ(Oliver de Corancez)

3 フランス革命(1787-99)と新聞
 1789.8.26 人権宣言発布「人権および市民の権利宣言」第11条を議会が採択→検閲と 
      すべての事前検閲許可制の廃止
 ★第11条「思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利のひとつである。従っ
      てすべての人民は、自由な発言に対し、記述し、印刷することができる。た
      だし、法律により規定された場合におけるこの自由の濫用については、責任 
      を追わなければならない」
  これにより、「プレスの自由」という概念が飛び交う

 Le Journal de Debats 『討論新聞』
 La Gazett Nationale du Moniteur Universel (通称ル・モニトゥール)



第8回 フランスのジャーナリズム(2)
ナポレオン−ジラルダンからエルサンまで 

4 ナポレオンと新聞……1799〜1814/15
□1799 ナポレオン・世 (Napoleon Bonaparte,1769-1821)
   ・総督制度を廃止し、執政官政治を始める。新聞を新政府の機関として利用する。
   ・Press Bureau を設置。
□1800.1.17執政官令→政治新聞を13紙に限定。発行部数を多いもののみ残した。
           破壊的記事を忍び込ませたような新聞は即時発行停止処分。
  [生き残りの代表紙]             当時の発行部数
   『ジュルナル・デ・デバ』(伝統のある古い新聞)  8,150部
   『ガゼット・ド・フランス』(内政関係)         3,250
   『ピュブュリシテ』(半官的で、政府の立場)    2,850
   『モニトゥール』(政府の代表機関紙となる)    2,450
   ・検閲官を置く。

  パリ紙の超落は、地方紙の出現、進出を促した。

口1810年 事前検閲の復活。政府に新聞の編集長任免権が与えられる。
      地方紙1県1紙→今日発行部数の面でフランスで最も重要なローカル紙、
地域紙の出発点となった。

口1811年 パリ新聞も統合され、4紙しか生き残らなくなる。
口1814.5.2  ルイ18世 プレスの自由の尊重を約束(サン・トアンの宣言)
 10.21法 これを破棄 事前検閲の復活→20頁以下の全ての印刷物
 第一次王政復古=1814年5月、ルイ18世(1824年没)即位
         ナポレオンの百日天下(3〜6月)
 第二次王政復古=1815年7月〜1830年(1824〜30年はシャルル10世)
  
口1830.7.25(7月革命)
   ポリニャックの行政命令→新聞の自由、消滅
               シャルル10世体制の崩壊。
 プレスへの相対的にリベラルな諸措置で、新聞は数の増大と繁栄をもたらす
 <要因>■ 教育の普及 1828〜46年までにリテラシー50%以上増加。
     ■ 就学率は19世紀末までに全人口をカバー
     ■ 都市化、産業化、交通手段の発展、事業活動の活発化。
        1832年、アバス事務所開設
  ↓
5 新聞の大衆化現象
 a)プレスを可能にする技術的条件    <産業革命の進行>
 b)経営を成り立たせる経済的条件
 c)読者をもてるという社会的条件
 d)政治的束縛からの解放

6 廉価新聞の登場
□1836.7.1 La Presse (『ラ・プレス』)の第一号登場
  創刊者 エミール・ジラルダンは、販売価格の低下と広告の導入を図り、
 大発行部数のメカニズムを開発。1部1スー(半ペニー)。新聞市場に競争原理が導入される。 
<背景>安い新聞が作れなかったのは、
   1)発行に保証金が必要。
   2)捺印税がかかった。
   3)郵税がかかった。
 バルザック、鹿島茂(訳)『ジャーナリズム博物誌』(新評論、1986)
 鹿島 茂『新聞王伝説−ジラルダン』(筑摩書房、1991


□1848年 A.デュマらの La Liberte 『自由』創刊
□1852年 Le Figaro 『フィガロ』週2回刊で創刊。66年日刊。
□1863.2.1 Le Petit Journal 『ル・プチ・ジュルナウ』
  創刊者=モイズ・ポリドール・ミヨー(Moise Millaud, 1813-71)
  ・アメリカ式大衆新聞で、多数の読者をつかむ。30万部から50万部へ。
  *ドレフュス事件で半減。1890年100万部
 [参考]稲葉三千男「ゾラの“わたしは糾弾する”とジャーナリズム」
          『東大新聞研究所紀要』No.24

7 1881年法の制定
□検閲、事前許可、保証金、印紙税などの抑圧的措置が廃止された。

8 20世紀初頭の新聞界…日刊紙の黄金時代
□1900年 パリの読者数約600 万人を5紙で占めた。
□1900年以降の日刊紙の状況→『フランスの新聞界』p.17参照
□1918.11.11  戦時中に復活していた検閲の廃止

 2度にわたる大戦期間中、フランス新聞界には新しい試みはほとんどみられなかった


9 ラジオの出現と新聞
□1922年 ラジオ放送の開始→ニュース報道合戦の幕が開いた
     大衆夕刊紙の出現
 (例)『パリ・ソワール』(Paris Soir=夕刊紙、1924年創刊)
 この年、コティが『フィガロ』を買収するが、新聞事情に疎く、失敗。
□1938年 『プチ・パリジャン』の発行部数、200万部突破

10 第二次世界大戦とフランス新聞界
□1939.9.3 宣戦布告(欧州大戦始まる)
 1940   フランス北部休戦
   6.22 休戦調停=ペタン元帥を首班とするビシー政府が誕生。
      ドゴール将軍はロンドンに亡命。
   11.11 ドイツ軍により全面占領下にはいる。
       @用紙の割り当て始まる。 
       A全国紙と地方紙との差異、薄れる。
       B1881年法の停止(1939〜1945)
       C『マタン』、ドイツ協力紙として復刊→戦後、解体される。
       Dレジスタンス新聞の出現
 1942.11  最古紙『フィガロ』停刊
 1944.8   パリ解放、連合軍パリに入城 




第9回 フランスのジャーナリズム(3) 現代 

参考文献(フランス) CIA World Factbook


                        1947-58 第四共和制
11 フランス解放と新聞界        1958-  第五共和制
□1944年の行政命令(梶谷)      1981 ミテランの左翼政権
□1881年法の復活            1986-88保革共存(コアビタシオン)

12  現 代 フ ラ ン ス 新 聞 界    
 ・高級紙 Le Monde/Le Figaro 最大発行部数は地方紙 Ouest France
  FRANCE   Le Monde Les Echos Liberation  L'Express  Le Nouvel Observateur
□エルサン帝国 Robert Hersant(1920〜96)
  1950年 自動車関係雑誌(L'Auto Journal)を創刊。
   次いで、地方紙の買収に乗り出す。
  1975年までにパリ、ノルマンジーなどの10日刊紙を買収、獲得
  → 地方紙分野の新聞チェーン確立に成功
  1975年 ジャン・プルーヴォから『ル・フィガロ』を買収
   76年 アシェット社から『フランス・ソワール』
     →「新聞読者6人に1人はエルサン・グループの新聞を読む」
   78年 競馬新聞『パリ・テュルフ』(Paris-Turf)買収
      左翼政論紙『ローロール』(L'Aurore, 1944年創刊、旧レジスタンス )買収
 ◎第一次石油危機(74年)以後、ひとり「エルサン帝国」が急激に膨脹
    パリ紙と地方紙の同化現象すすむ
   {新聞グループの再編成すすむ 
  1984年 パリ日刊紙の発行部数43%を占める
   *ミッテラン社会党政権:「新聞企業の集中を制限しその財政の透明性と存在の多
    元性を確保するための法律」を制定 →「84年10月新聞基本法」=“エルサン対策法”
   ↓
  全国紙の38% 地方紙の26.4%を所有
   *86年9月 日刊紙の同一グループ所有を新聞界全紙の総発行部数30%までと制限される
   →国外での事業拡大へ<国際化路線>(例)『フィガロ・ジャポン』。スペイン、NY
  1986年  5チャンネル(ラ・サンク)に参加→92年倒産
   87年から地方FM放送事業に参入
         持ち株会社 ソクプレス(SOCPRESSE)
         共同利用の通信社 AGPI  広告会社 ピュブリ・プリント
         印刷所  SIRLOほか


1.1980年代:放送界の変革
   「少数チャンネル・独占公共放送・商業テレビを認めない」国から
  →「多チャンネル・民間優位の二元体制」の国へ
  1986年法/89年法:「コミュニケーションの自由」概念の創出 
           幅広い「視聴覚コミュニケーション」
    ※大谷堅志郎「フランス放送界の変貌とその制度的枠組み」
      1972年法/74年法:放送法
      1982年法:視聴覚コミュニケーション
   受け手の権利、市民の権利
   民間放送事業に成長
     a.1982年法による許認可
     b.TF1の民営化
     c.集中排除の規定  
     d.1992年ラサンク(La 5)の倒産/フランス政府は大きなマスコミ企業体

2.1990年代:電気通信行政の再編成
   独立行政委員会制度
   視聴覚最高評議会(CSA,Consel superieur de l'audiovisuel )

3.
 1984年  新聞基本法(エルサンつぶし)
 1986年  放送改革 TF1の民営化  民放の登場
 1988年  高島屋、フランス進出叩かれる
 1989年  ラジオ・テレビ番組審査会、午後10半までの性と暴力番組放送禁止に
 1992年  TF1、ボットン事件起こる
      −「過剰報道で人権や名誉が損なわれる」との批判高まる
      「ラサンク」倒産(4/23、1986〜92)
 1993年  ウルグアイランドでの音響・映像(AV)分野の主張
 1994年  全国紙創刊相次ぐ
      ・『オージュルデュイ(今日)』、廉価紙『アンフォマタン(朝のニュース)』
      仏語使用、法律で義務付け「フランス語使用法案」(のちに撤回される)
      F2の過剰演出論議に(対立政党首インタビューにボクシンググローブ)
      テレビ、24時間放送開始(ユーロニュース)
      ミッテラン大統領(当時)の隠し子報道
      ・大統領府、ルモンド購読など大幅カットで報復
      政治家の疑惑報道を禁止する法案が下院で採択
 1995年  FMラジオ局「スカイロック」(パリ)、24時間放送停止処分
      『ルモンド』紙ソフト路線へ
      『ウエスト・フランス』、ムルロア環礁の海中写真公開
      日本の国会議員らの核実験反対の意見広告、『ルモンド』紙に(12/24)
 1996年  ラジオで流す歌の40%はシャンソンに
      『アンフォマタン』倒産/R.エルサン死去
      日刊紙『コティディアン』閉刊(旧レジスタンス系新聞『コンバ』)

【参考文献】
吉原 功 「フランス・メディア文化の危機と情報化の行方」
      石坂・桂・杉山(編)『メディア化と情報化の現在』(日本評論社、1993) 
     「転機にたつフランス・ジャーナリズム」『マス・コミュニケーション研究』42(1993)
大谷堅志郎「フランス放送界の変貌とその制度的枠組み」『放送研究と調査』(1989.9)  
    「ラ・サンク倒産劇の背景」『放送研究と調査』(1992.6)
     「ミッテラン政権下における仏放送界」『放送研究と調査』(1993.11)
アラン・マンク、山本一郎(訳)『メディア・ショック』(新評論、1994)




ドイツのジャーナリズム(1)

参考文献(ドイツ)    戦前のドイツ新聞界の発展と挫折 (58kb pdf)

◎現代メディアの特徴: 集中化の進行

1.西ドイツ新聞界の特徴
 @新聞発行のセンター都市はあるが、新聞の中心地がない。
 A新聞のタイトルは多いが、全国紙が少ない。政党紙が脆弱
      Die WELT, FAZ, Suddeutsche Zeitung, Handesblatt(経済)
          Bild  Die Welt  Die Zeit  FAZ(in English)   FT Deutschland  Stern
 B発行都市外への新聞もあるが、多くは読者が発行都市周辺に限られる。
      ジャーナリズム単位 /新聞紙数/新聞題号・版/発行部数
   1954年  225   624   1,500   1,340万部
   1989年  119   358   1,344   2,003
   1993年  137(37) 385   1,599   2,550 (Humphreys, 1996)
   1995年  135   381         ジャーナリスト 約36,000人
 C大部分の新聞が“独立”を標傍していること。
 D雑誌の数が多い 484誌/850専門雑誌 =1,510万部
 E■高度な寡占化が進行

2.寡占化の進行

 @五大グループ(80紙)が日刊紙の総発行部数の44.3%を占める
   十大グループでは55.6%
 Aシュプリンガー・グループは23%(1993-97年)を占める 1989年=27%
   全国紙市場の部数シェア では85.5% (1997)
   BILD, Welt, Hamburger Abendblatt, Berliner Morgenpost ほか
   BILD…欧州大陸最大の街頭売り紙。全日刊紙の23%(グループの
       82%)=79%のシェア。2大都市では日刊紙の7割以上
 B WAZグループ=5.2% 他は1〜5%
  ・予約購読新聞は五大グループが全発行部数の4分の1
  ・1社あたりの部数は5.5万部と小規模。1万部以下の新聞が指数は1/4
  ・ローカル次元での新聞発行の独占化が進行

3.対策
  ・経営状態の良い新聞と合併するか、または廃刊
  ・他の新聞と協力関係を結び、経費の節減を計る
    (例) 編集状の協力=共同編集局、共同支局
        版組み/広告上の協力=広告面の共同製作/印刷、発送上の協力

4.広告
  ・広告収入は全収入のうち、60-70%を占める
  ・新聞のメディア広告比率は45%(全印刷媒体では7割)=1989年

5.コミュニケーション政策  『新聞の編集権』(1986)ほか
 「コミュニケーション政策」=公共のコミュニケーション領域で、政策の形をとって、力関係と秩序を確率し、
安定させ、発展させないしは廃止しようとする、国家や他の社会的能動集団による影響力の行使。
  1952年 連邦内務省、連邦新聞法制定に動く=新聞の国家統制機関の
      設置を企てる
  1954年 これを阻止するため、自発的にドイツ新聞発行者協会 創立
      (BDZV=Bundesverband Deutscher Zeitungsverleger)=新聞の自由の擁護、自由の乱用に対する裁定機関
   56年 プレス評議会(Deutscher Presserat)発足
   62年 「シュピーゲル事件」*
   64年 新聞発行者協会(BDZV)、第2テレビの番組制作(商業化)への進出計画を発表
  〜66年 各州で、新聞法の制定に動く
   67年 ギュンター委員会設立(西ドイツのプレスの集中化の原因とそのもたらす影響についての調査)
       当時シュプリンガーは新聞全体に36.8%日刊紙の 29.4%
   68年 報告書提出(テキスト参照)
  1969年 ブラント政権(社会民主党SPDと自由民主党FDPの連立)誕生
      =プレスに対する立法政策を積極的に進める。(例)編集綱領運動
      ■プレス統計法 1975年
      ■合併規制   1976年**
      ■日刊紙に対する付加価値税の免除措置
      ■プレス財団の設立
      「プレス基本法(プレス大綱法 Presserechtrahmengesetz)」
       ・各州で様々規定されている州プレス法の内容の調整を図るため
       ・内容=プレスの内部的秩序の制度化:経営者と編集者の双方の権限を明確にし、編集者の編集状の権利を保障

6.非常事態法 Notstandgesetz 1968年成立
 ・内外の非常時において、基本法第5条、および国民の権利や自由を大幅に制限できる
 ・郵便、電話の検閲
 参考:「モラル検閲」に対し=反対29%,賛成54%(イギリス=反対56%,賛成41%)
<参考>現代ドイツ新聞界のとメディア・モガル




ドイツのメディアモガルと戦前のドイツジャーナリズム

シュプリンガー一族 Axel Springer, 1921-1985
ベルテルスマン  Carl Bertelsmann. Bertelsmann AG
「マス・メディア企業の国際支配を考える」『マス・コミュニケーション研究』No.56 (2000)
    1835年創立。宗教関係の印刷で出発。
    創立者Carl Bertelsmannの死後、義理の息子Johannes Mohnが後を継ぐ。
    現在 Mohn家が会社株の89.26 %を所有 総帥=Reinhard Mohn
    1988年  総売上高=120 億DM 利益=4億DM以上
         総収入の65%はドイツ国外から得る
    1993年  総売上高=80億2,439万・
    一族経営 モーンの死後は資本は
       Bertelsmann Vermogensverwaltung GmbH(モーン家)に
    経営を分散化=各社が利益と経営決定に責任をもつ。
    会社の成長を目指し。オピニオンリーダーになるつもりはない
    保守党のCDUとつながりがある他メディアと異なり、社会民主党
    (SPD)と関係
    大衆紙 Hamburger Morgenpost を獲得し、シュプリンガーに挑戦
    ニューメディア、ハイテク産業にも参入
    RTL Plus(全国TV局)株38.9%所有
           (Ufa Film, Fernseh Union) 
    商業ラジオ局=3全国ネットに6〜24%
    ケーブルコミュニケーション、ビデオ製作、放映権
    Kabel-Marketing-Gesellschaft(KMG=最大のCATV社)株50%所有
    映像・映画会社所有 Stern-TV, Geo Film, Ufa-Film,
    RUFA=地方局へのラジオニュース配信会社=株9割所有
    仏、カナルプラスにも参加
    “Premiere”1991年からハンブルグで放送開始
    “Bundesliga”(サッカーリーグ)の放映権獲得
    RCA獲得、他にも国内3レコード社を所有
    国際レベルでの競争分野
    書籍・雑誌出版(Bantam Books=世界最大のペーパーブック発行社)、
    Doubleday Bookstore Group
    印刷、レコード産業/南米にブッククラブ

□Beta/Taurus Gruppe  http://www.kirchgruppe.de/en/pub/
・Leo Kirch(1926〜    ●新しい型のメディモガル News from London 2000
・ドイツ史上、初めて出版業からの出身ではない
・映画会社 経営=Beta,
Taurus
民放株所有   Sat 1 (40%)+15% (througn Springer) Eureka TV 49%)“Pro-7
・個人会社PKSをとおして、銀行(DG Bank)を共同経営
  例 エルサンとリヨン、マクスウェルとヨーロッパの銀行 欧州では普通だが、ドイツでは珍しい
・ビデオ市場=Taurus Film Video, Videobox
・有料TV市場
・ドイツ唯一のペイチャンネル“Teleclub”=55都市(3−4万人受信)をもつ
・ベルテルスマンと組んで“Premiere”−25% キルシュ、37.5% ずつカナルとウーファーがもつ
・ブッククラブ“Deutsche Bucherbund
・シュプリンガーの死後買収を試みたが、失敗。
・国際市場への参入パリ、ローマへ映画、ビデオ会社設立。
ベルルスコーニ、Jerome Seydoux、マクスウェルと手を組む
アメリカのトリビューン放送とも(TV映画製作)
cf. Text MediaEurope

戦前のドイツジャーナリズム http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/gakubu/FJ2germanjh.pdf




第10回 スウェーデンのジャーナリズム
◎北欧のジャーナリズムの特色と理解
 スェーデンのジャーナリズムの現況と諸制度を考える。日本との比較 
スウェーデンのマス・コミュニケーション文献
URL http://pweb.sophia.ac.jp/s-yuga/gakubu/FJ2ref.pdf
Inernational Journalists' Network   http://www.ijnet.org/

マス・メディアは、スェーデンの民主主義を強化し、発展させなければならない
@情報提供手段
A社会的機能の行使
B公務員の監視
Cコミュニケーションの促進

1.近代新聞の登場と「新聞の自由」
1645 Ordinari Post Tijender<官報>
1766 議会で「新聞の自由」採択 Freedom of the Press Act 1766,1810,1812,1937,1949
    事前検閲の禁止、公文書の自由な印刷、配布
1830 Aftonbladet  (夕刊紙)
1864 Dagens Nyheter (朝刊紙)
1916 新聞評議会(プレス・カウンシル)設置
1923 倫理綱領発足  1978〜現行 
1949 現在の「新聞の自由」法施行
検閲の禁止、出版・配布の自由
1969 プレス・オンブズマン(Press Ombudsman)制度採用
1980 メディア所有の集中化規制法案が出されたが、法制化ならず。
1991年 「表現の自由に関する基本法」
ニューメディアに対する自由度の確保

2.今日の新聞とマス・メディア概況
@日刊紙の減少 1960年代日刊紙の廃刊相次ぐ
 ⇒民主主義機能の低下を危惧
A1市1紙現象
B政党と密接な関係
C政府の新聞補助政策

マス・メディアの特色
発行部数が安定
世帯普及率が高い  522部/1,000人当たり
地方紙の市場占有率が高い 78%
中位度の寡占化(上位12社で69%)
政党色の強い新聞
媒体広告費では新聞が第1位(63.2%↓)

  175紙   166紙   153紙
=480万部 453万部 430万部
  (‘85)    ('89)   ('96)
代表的な新聞(1996)
朝刊紙=Dagens Nyheter
(B.中立、37万部↓)
Svenska Dagbladet(B.リベラル、19万部↓)
大衆夕刊紙=Expressen(B.リベラル、41万部↓)
Aftonbladet(労働、47万部↑)
Metro

紙面内容
    1912  1936  1948  1960  1972
国際  30%   40    25    20    20
国内  35   25     35    30    25
地方  35    35    40    50    55

グループ企業…17の新聞チェーンが日刊紙数と発行部数の8割を支配
Bonnier Group 23% ・・・総合情報産業
A-pressen(労働党系)19%
イァン・ステンベック }総発行部数42%

公文書へのアクセス
報道機関への情報提供
国家の安全を損なう危険がある場合
故意に秘密文書を公開する
「秘密保持法」:公務上の秘密保持に関する法律

プライバシーの保護
1973年データ法:プライバシー侵害の危険性の除去、被った損害の救済 
1982,89改正
出版の自由に関する法律
@発行管理責任者制度
A情報源の秘匿(匿名権)
 公務員であってもマス・メディアに事由に情報提供できる
 議会と政府の行動をマス・メディアが監視する
 国家反逆罪、スパイ行為などは例外
B公文書へのアクセス権
C出版の自由に関する法律違反
 国家にそむく犯罪、名誉毀損、人種ほか
 表現の自由に関する基本法の例外:放送、映画

マス・メディアと市民
マス・メディアの現状(略)
マス・メディアの自主規制   
報道評議会(1916): 名誉法廷
倫理綱領(1923)
スウェーデン報道評議会憲章(1969)  Media Ethic Link (メディア倫理綱領リンク)
新聞・ラジオ・テレビ倫理綱領(1974)
プレスオンブズマン(1969)

NIE デンマーク スウェーデン (2003 海外視察レポート 教育に新聞を)
スウェーデン社会とメディア(1999 立命館大学 柳澤伸司教授)
スウェーデンのメディア関連情報





イタリアのジャーナリズム

イタリアのマス・メディアの現況
イタリアのメディアと政治(上)





第14回 ヨーロッパのジャーナリズム 総括

◎ヨーロッパのメディア所有の寡占とメディア・モガル
Vivendi の崩壊   Vivendi Universal
《参考文献》
 J.Tunstall and M.Palmer, MEDIA MOGULS (Routledge, 1991)
 鈴木 雄雅「マス・メディア企業の集中化」『ソフィア』Vol.39, No.3 (1990秋)
「マクスウェル後のメディア王目指すカナダの実業家コンラッド・ブラック」 『新聞通信調査会報』 No.372(1993/11)
「メディア王たちの支配」『新聞研究』No.113(1990,IV)
 Nicholas Colerdidge, PAPER TIGERS (W.Heinemann,1993)

イギリス BBC/マードック, 1931〜 (資料参照)
□フランス エルサン Robert Hersant, 1920〜96
□ドイツ シュプリンガー一族 Axel Springer, 1921-1985
     ベルテルスマン  Carl Bertelsmann. Bertelsmann AG
□イタリア RAI/べルルスコーニ  S.Berlsconi, 1936〜
□スウェーデン ボニーア(Bonnier Group)/Aプレッセン(A-pressen)

1.メデイァ・バロン(ロード)からメディア・タイクーン、モガル
 第一世代  19世紀末から20世紀初頭のイギリス        cf.アメリカ
        創立あるいは既存メディアの買収合併、チェーン化
        活字メディアから電波へ

 第二世代  20世紀後半から    第一世代系/新興勢力 技術革新
        複合企業化/コンピュータを核            規制緩和
        電波メディアから映像、電子メディアヘ ソフトの独占 衛星
        放映権の囲い込み

 第三世代  20世紀末から     第二世代系/新興勢力
        サイバー・スペース上での地位 メディア融合の完成

2.共通点を考える
  1)メディアの創業よりも、既存の紙・誌を買収し成功→元手に買収合併を進行する。 
   テレビやラジオのガイド雑誌で成功:ニューメディアへの視点
  2)エスタブリッシュな新聞などを手に入れる。
  3)政治性を発揮
  4)ラジオ、テレビ市場への参入
  5)市場:規制措置×規制緩和  公共放送から商業放送市場へ
  6)編集への直接介入から間接へ

3.問題点を考える
  1)言論・表現の自由の多様性の喪失:ジャーナリズム性の喪失
    *コミュニケートする権利の奪回
  2) tabloidization/info-tainment
   ・林香里「『タブロイド化』論争とジャーナリズム」『総合ジャーナリズム研究』No.167(1998秋)
  3)政治性:規制緩和から再び規制
  4)グローバル化の進行:異業種の複合企業化

「マス・メディア企業の国際支配を考える」『マス・コミュニケーション研究』No.56 (2000)
「国際コミュニケーション論の再考と展望(3)」『コミュニケーション論』No.32(2002/3)
「国際コミュニケーション論の再考と展望(2)」『コミュニケーション研究』No.31(共同執筆、2001/3)
「国際コミュニケーション論の再考と展望」『コミュニケーション研究』No.30(共同執筆、2000/3)




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News from UK 2000
http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/Article/LondonMedia1.htm
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